第99話 噴水前のエレナとルーナと②
「え? な、なにそれ。アリア様が来られるの? この学園に?」
「ご登校されること自体に不思議はないわよ。在校生なのだから」
「そ、それはそうだけど……」
エレナの発言——『あなたは聞いてるかしら?公爵家のアリア様がご登校されるようになるってお話』の言葉に頭が真っ白になるベレトは、思わず言葉足らずに反応をしてしまう。
「『ご登校される』ってことは、今までと違って普通に登校するってことだよね?」
「ご予定がない日は、だけどね」
「なるほど……。教室は今まで通り別室かな?」
「あたし達の教室をご指名されたらしいわ」
「そ、そうなんだ……。それまた本当に急なことですこと……」
「口調がおかしいですよ……ベレト・セントフォード」
「あ、あはは……。ちょっと動揺しちゃって」
上目遣いで控えめなツッコミを入れてくるルーナに対し、苦笑いを浮かべる。
ベレトにとって、今回の件は複雑だった。
もちろん『嫌』という感情からくるものではない。
ただ、話はそれとは別。
公爵という爵位は、侯爵よりも上。つまり、なにか粗相を犯せば、取り返しのつかない事態になってしまうということ。
そんな人物に対し、ベレトは極秘の情報を握っているのだ。
人形のように整った容姿に、堂々とした品のある立ち振る舞い。丁寧すぎる言葉遣いに口調、誰をも聞き惚れさせる歌声。
シアと同様の“欠点のない完璧な姿”を誇るアリアだが、容姿と歌声以外は『偽りの姿』だと。
自宅ではずっとベッドで横になり、布団に包まってイモムシのような姿になり、食事もベッドの上で完結させようとして、ベッドから出たくない一心でお手洗いを我慢して、おんぶで運んでほしいとおねだりして。
さらには布団の中に引き摺り込んで、抱き枕にしようとしてくることも。
極めつけはとんでもなくラフな口調だろう。それはもう貴族だとは思えないほど。
これを100人に教えても100人が信じてくれないだろうが……『アリアが誰にも知られたくないはずの情報』を手にしていることは、絶対によくないこと。
口を滑らせてしまった瞬間に終わる。
『接する機会がなければなにも問題はない』なんて思っていたが、その安心は消えた。
「先ほどエレナ嬢とお話ししていたのですが、あなたがなにかしたのではないのですか」
「えっ!?」
「よほどのことがない限り、アリア嬢がこのようなご選択をされることはないと思います」
「キッカケはあの晩餐会でしょうしね」
宝石のような綺麗な瞳を二人から向けられる。確かな疑いを込めた視線を向けられる。
「……いや、なにもしてない」
なんていうものの、さすがは鋭い目の前の人物。
実際は心当たりしかない。
こうして詰められるようなことをされたら、どうしても嫌な予感が湧いてくる。
喉をケアするアドバイスをしたが、それが効かなかったために文句を言いにきたのかもしれないと。
『誰かに
ベレトが強く思っているのは後者である。
アリアの専属侍女、サーニャが『ベレト様には教えました』なんて本人に教えたのなら、その行動を取る理由にも納得ができるのだから。
ルーナも口にしたように、『よほどのことがない限り』、布団に包まってイモムシになっているような人物が『学園に登校する』なんて選択を取るわけがないのだから。
「ベレトねえ、その様子、やっぱり心当たりあるでしょう? そういえばアリア様の専属の方と二人きりでお話までしていたわよね」
「え、えっと……」
「ベレト・セントフォード」
「う、うん?」
エレナが鋭い一言。次にルーナ。
「あ、あなたはわたしの恋人です……。アリア嬢がいくら素敵なご令嬢でも、夢中にならないでほしいです……。お昼休みは、普段通り図書室に来ていただきたいです……」
「……ぁ、う、うん。それはもちろん……」
「……」
言葉が続くにつれて、顔が下がっていき、ぼそぼそな声になっていくルーナ。
堂々と言ってくれたならアレだが、こんなにも恥ずかしそうに勇気を振り絞った言葉を伝えられたなら、感情が伝染してしまう。
どきまぎするような空間に包まれたその矢先だった。
「ルーナ。あなた年下だからって抜け駆けをしすぎよ。あたしのことも少しは考えなさい」
「お断りします……」
「お断りするんじゃないわよ……」
すぐにこの雰囲気を変えてくれるエレナだった。
『気を利かせてくれた』とベレトは微笑むが、本心でそう言っただけのエレナだった。
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