第88話 晩餐会㉒

「……そう言えば、3人でこうして集まるのって珍しくない?」

 広い園庭が見渡せるバルコニーの上で——ベレトの声が風に乗って、エレナとルーナの耳に届いていた。


「確かに3人で関わる機会はあまりなかったわね」

「わたしは図書室への登校でもあり、お二人とは学年も違いますから」

「まあ、ベレト一人じゃ物足りない感も力不足感もあるけれどね。優秀なあの子が側にいてくれないと」

「あまりシアさんを困らせないようにしてくださいね」

「な、なんか二人とも俺に当たり強くない……? 多分だけど、周りの人がこの会話聞いたらビックリすると思うよ?」

「ふふっ、それはそうでしょうね」

 侯爵家の人間が自分よりも身分の低い相手にからかわれているのだ。

 なんの関係値も知らない者達がこのやり取りを聞けば、顔を真っ青にさせることだろう。


「まあ……それくらいに心を許したい相手になったのか、侯爵家の出にも拘らず舐められているかのどっちかでしょうね」

「誰にでも優しいというのは、そのような弊害も生まれますね」

「はは、そっか」

「なによその一人納得したような返事……」

「だって、二人がそんなことをするような性格じゃないのは知ってるから」

「……」

「……」

 人を見下すような相手であれば、『悪い噂』のあったベレトと仲良くできるはずもない。

 皆と変わらずに接してくれた二人であることは、しっかり理解している。


「エ、エレナ嬢。ヒントを与えすぎですよ。彼、このようなことには気づくではありませんか」

「あ、あたしのせいじゃないでしょ!? 大体、ルーナだってヒントのようなもの与えているじゃない」

「わたしは事実を言っただけです」

「あ、あたしこそ考えられる可能性を言っただけよ」

 バレることは恥ずかしかったのか、擦り付け合いが始まった。

 こんな親しげに言い合えるようになったのは、この晩餐会のおかげだろうか。

 自分とも仲の良い二人を見つめるベレトは、嬉しそうに微笑みながらお礼を伝えるのだ。


「(仲良くしてくれて)ありがとね、本当に」

「……別に」

「……いえ」

 ベレトはふと思う。この二人がいなかったら、一体どんな生活を送っていたのだろうか……と。

 日頃の行いで教室では誰も絡んでくれずに、気を休める場所だって取れなかったはずだ。

 学園に通う生活を苦痛に感じていただろう。


「ね、今度みんなで遊びいく予定立てない? こうして集まって話せる機会も少ないしさ」

「なにか変なこと企んでいるんじゃないわよね? やけに唐突だし」

「そんなこと考えてないって……」

 責めた目を作ればエレナが笑う。


「あっ、そうそう。あなたが手料理を作る機会があるから、その時にルーナも呼びましょうよ。ルーナもコイツが作る料理きになるでしょ?」

「よ、よいのですか」

 目を大きくしたまま素早い食いつきを見せる。


「もちろん歓迎だけど、凝った料理は作れないからね? 本当」

「構わないわよ。ね、ルーナ?」

「はい。あなたの手料理ですから」

「ふふっ、侯爵家の嫡男って立場からするにあり得ないことだけどね。まあ、そんなわけだから約束ね、ベレト」

「了解」

 そうして、関わる機会をまた増やすのだ。

 ベレトとしても当然嬉しいこと。

 口角の上がる顔を隠すように改めてバルコニーの石柵に手を置いて外の景色を見つめていた矢先だった。


「それにしても、男冥利に尽きるわねぇ。ベレトは」

「男冥利……? って、男に生まれた甲斐があること……みたいな意味だっけ?」

「ええ。さっき約束もしたことで、今も次もあたし達を独り占めするわけでしょう? 特にルーナはこの晩餐会で一番狙われていた女の子なわけで」

「あははっ。なるほどね。確かに冥利に尽きるよ」

「っ、わたしなんかがそんな……」

「ルーナはもっと自信を持つべきよ? って、あなたはあなたでやけに素直ね。自分エレナがそれを言うんだ』みたいなツッコミを待ってたのに」

 自分で自分を褒めていたわけである。

 もっともな言い分をするエレナだったが、ベレトは一拍を置いて言うのだ。

 二人に背を向けたまま——


「——ま、まあいつもならそうツッコミを入れるところなんだけど……二人が異性と楽しく挨拶してるところを見て、モヤモヤする部分もあったって言うか」

「へ?」

「え……」

「い、いや……そんな驚くようなことじゃないでしょ!?」

 呆気に取られたような声を背後から聞き、狼狽するように言葉を続けるのだ。


「だ、だってさ? 自分とこんなに仲良くしてくれてる人はシアを除けば、エレナとルーナの二人しかいないんだから……。それに……」

 首を回し、チラッと二人の綺麗なドレス姿を目に入れるベレトは……『やっぱりなんでもない』と誤魔化した。


「はあ。なにを言おうとしたのか知らないけど、とんでもなく情けない発言よねえ」

「普段は頼り甲斐がある分、面白おかしく感じてしまいます」

「できれば心のうちで呟いてください。恥ずかしいから」

 二人の前だからこそ本音を述べたのだ。逆に言えば、二人の前でなければ言わないことである。


「……ま、そう言ってくれるのは嬉しいけど、『あなたと仲良くしてくれる人』はこれから増えていくでしょうけどね。本日の晩餐会であなたに挨拶をした学園生の侍女が二人いたでしょう? 悪い噂が少しずつ薄れている証拠よ」

「わたしもそう感じました。あとは時間が解決してくれると思います。侯爵家跡取りの本来の生活になるということですね」

「……まったく。想定してたよりもホント早いんだから」

「同意見です」

 先ほど擦りつけあっていた二人だが、今はそんな様子もない。


「あのさ、仮にそうなったとしても変わらず絡みにいくからね? 自分にとって二人は特別だから」

 悪い噂があっても関わってくれた。それはなによりも嬉しいことで、本当に感謝していることで——。


「ふーん」

「特別、ですか」

「それはそうだよ」

 恥ずかしい会話。ベレトはなかなか振り返れない。


「…………ほら、ルーナ。あなたが言っていいわよ。いいタイミングだから」

「…………こ、怖いです」

「…………あ、あたしだってそうよ」

「…………が、頑張って援護しますので」

「…………も、もう」

 なにやら聞こえる会話。

 おずおずと後ろを振り返れば、なぜか小突き合いをしている二人がいた。


「な、なにしてるの……?」

「なっ、なにしてるのってセリフはあたしのセリフよ」

「え? いや、さすがにそれをしてたら気になるよ?」

「そ、そんな意味じゃなくって……。あ、あのね。言わせてもらうけど」

 時間帯のおかげで顔が赤くなっていることはわからない。

 そんなエレナは、落ち着きなく赤の髪を人差し指で巻きながら、口を開く。

 そして出るのは、震えた声。


「そんなに特別だと思うなら……モヤモヤするくらいなら……周りがしているようにさっさと首輪つけちゃいなさいよ……。べ、別の貴族に取られないように」

「……」

「も、もしあなたにその気がないのなら、今受けている求婚……あたしもルーナも受けちゃうわよ」

「ッ!?」

「っ」

 エレナの言葉に驚いたのは、ベレトだけではなかった。



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