第87話 晩餐会㉑

「お互い手持ち無沙汰になりましたね。シアさん」

「そうですね!」

 公爵家、アリアの専属侍女——サーニャ。

 侯爵家、ベレトの専属侍女——シア。

 この二人は綺麗な姿勢を保ったまま、参加者が少しずつ退出していく晩餐会場内で顔を合わせていた。


「サーニャ様はいつ頃にご退出されるご予定ですか……? お時間もお時間だと思いますので」

「そうですね。アリアお嬢様のご挨拶が終わり次第ですから、あと30分から40分と言ったところでしょうか。あなたは?」

「私はあと1時間前後だと思います」

 高貴な家柄で仕えていることもあり、お互いに『超』がつくほど優秀な侍女なのだ。

 目安の時間を述べているが、ほぼ正確に当てる二人である。


「ほう……。1時間前後とは随分とお長いですね。手を取って退出された光景を見るに、その手のお話、、、、、、でしょうか」

「その手のお話かもしれませんね」

「……なるほど」

 ルーナとエレナを連れてベレトが退出したその光景は、多くの参加者が見ている。

 そして、シアの返事から察するサーニャは、驚くこともなく言葉を続けるのだ。


「あのお二人の雰囲気から察していましたが、それほどまでに好意を寄せられていたのですね」

「ベレト様はそれだけ素敵な方ですから」

 と、ニッコリ応えるシア。

『世辞』や『主人を立てるため』というわけではなく、本心の言葉であるからこそ、サーニャには疑問が残った。


「あの、お節介を承知で聞くのですが……シアさんは行動に移さずでよいのですか? 私もベレト様とお関わりさせていただいたのですが、十分すぎる方だと感じましたが」

「……ぁ。その件につきましては、まだなにも言えなくて」

「っ!」

 ここで初めて驚きの表情を浮かべるサーニャだが、発言の意図を汲み取れば当然すぎる反応だ。


「そ、そうでしたか。シアさんがそのように決断したのなら、未来は変わらないでしょう。おめでとうございます」

「……」

 完全に伝わったことがわかる返事。

 同じ侍女という立場だからこそ、『まだなにも言えない』理由を瞬時に理解できる。

 そして、それが当たっていると言わんばかりにまばたきを早め、真っ赤になった顔を隠すように下を向くシアである。


「ふふ。それほどまでに慕っているのですね」

「はい……」

「冷やかすような真似はしませんよ。不思議なことではないと思っていますので」

 ここで一拍を置くサーニャは、場の空気を変えるように話題を転換する。


「お話は変わりますが、もし全てが上手に事を運んだ場合、将来はとても明るくなりそうですね」

「とても明るく……ですか?」

「はい。多くの領地を持つ侯爵家のベレト様。飲食業において追随を許さず、揺らぎない地位を獲得している伯爵家のエレナ様。知の能力で圧倒的に優れた男爵家のルーナ様。王宮への推薦も確実視されているほど優秀な下支えができるシアさん。それぞれが最大限の力を発揮できるようなサイクルが取れていますから」

「!!」

 飲食業を発展させるには、営業するための土地が必要不可欠。

 知者がいれば物事を潤滑に進めることができる。何事においても的確なアドバイスができる。

 シアは仕事に勤しむ者を影からサポートできる。

 サーニャの言っていることはまごうことなき事実なのだ。


「ベレト様がろくでもない人物ならば話は変わりますが……そうではありませんからね。民の声を聞き、優しい政策を取れるような領主になられるのは確実だと思っています」

「えへへ……ありがとうございます!」

 この最大限の褒め言葉に、顔が溶けるような笑顔を作るシアである。


「これは冗談ですが……その輪の中に外交に優れたアリア様が加わると、鉄の布陣になりそうですね。公爵、侯爵、伯爵の爵位が繋がるわけでもありますから」


「……その際には是非サーニャ様もお付きになってくださいっ。サーニャ様がいらっしゃいましたら、百人力ですので!」

「ふふ、よいのですか?」

「はいっ!」

「ありがとうございます。それは……宝物のような未来です」

「……」

 この時、言葉にできないような感情を感じ取ったシアだった。

 


 その同時刻。



「……そう言えば、3人でこうして集まるのって珍しくない?」

 ベレトの声が風に乗って、エレナとルーナの耳に届いていた。



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