第86話 晩餐会⑳

「あ、あんなに睨まなくてもいいのに……」

「ふふっ、ルーナとあたしを連れ出したのだから当然でしょう? これでもっと周りから嫌われちゃったわね」

「あの状況を一番楽しんでた人が嫌われないのは理不尽だと思うんだけどなぁ。エレナが笑ってるところちゃんと見たからね? 俺」

「日頃の行いが悪いからでしょうね」

 と、からかいの言葉が投げられた瞬間、ヒューと涼しい風が吹く。

 夜風に当たりながら星空や庭園を見渡せるこの場所は、屋敷の3階に備えられた石造りのバルコニーである。


「……あの、先ほどは本当にありがとうございました。あなたにまでも形式ばったお誘いをしていただけるとは思ってもいませんでした」

「な、なんかルーナも若干からかってない?」

 抑揚のない声……言い方を変えれば落ち着きすぎた声で言われ、恥ずかしさが込み上げてくる。

『形式ばったお誘い』とは、手を差し伸べながら……というもの。

 周りからの目がある場所で、慣れない行動をしたのだ。


「助けていただいたので、からかうようなことは決して。ただ、あなたのお誘いならばわたしは承諾しますし、それをわかっていたはずですから、周りの方々と同じようにする必要はなかったのでは、と」

「コイツのことだから、どうせ『断られるかも〜』なんて思っていたんじゃない? ベレト恥ずかしがっていたから、ルーナも恥ずかしかったでしょ?」

「はい……。ですが、とてもよい思い出になりました。読書をする際、好きな描写でしたから」

「も、もうこの話やめよっか。うん。それがいいと思う」

 椅子に腰かけているエレナとルーナ。この二人と対面していたベレトは、立ち上がってバルコニーの石塀いしべいに手をかけて背を向けた。

 照れた顔を見られたくなかったのだ。


「そ、それよりシアは大丈夫かな? 一応、アイコンタクトは取れたんだけど、タイミングがタイミングだっただけに、それらしい話をできてなくて」

「その件なら平気よ。この場所にいることは家の者にも、、お話を通しているから、手が空き次第、来ると思うわ」

「あっ、そうなんだ。ありがとうね。『一人で帰った』なんて誤解をしてないか心配で」

「相変わらず、ですね」

「普段は意地悪なくせに、変なところだけ優しいのよね」

「変なところは余計だって」

 後ろを振り向くことなくツッコミを入れたのは、暖かい視線を向けられていると感じて。


「……あの、お優しいのはエレナ嬢も、ですよね」

「えっ?」

「憶測でお話しますが、よかったのですか。このような構図を作って。わたしを助けようと動いていただいた結果、エレナ嬢のお約束が——」

「——ふふっ。もう忘れちゃったわ。その約束は。だから気にしないでちょうだい」

「そう、ですか……」

 ルーナはエレナから直接聞いているのだ。

『アイツと二人で抜け出す約束を取りつけている』と。


 今、この場に『3人の構図』が作られている時点で、その約束は変わったということ。

 二人の変わらぬ様子を見れば、そのように話を通した上で助けてくれたのは簡単に予想がつくことだった。


「……身分の低いわたしが受けられるような扱いではないですね」

「いつかは言えなくなりそうなセリフね」

「っ!」

 とある人物だけには聞こえないように、手を拡声器のようにして呟いたエレナは、ルーナの反応を見て意味深に微笑む。

 そうして、未だ背を向けている男に声をかけるのだ。


「ねえベレト。ちょっとあなたに質問があるのだけど、正直に答えてくれる?」

「う、うん。別にそのくらいなら大丈夫だけど……」

 真剣な声色を感じ取ったベレトは、振り返る。


「それで、その質問って?」

「唐突な話題なのは申し訳ないのだけど、あなたって一夫多妻制についてどう思っているの……? 晩餐会場から移動する前、このお話をした時に険しい表情をしていたでしょう?」

「あ、ああー」

「えっと……あなたは一夫多妻が嫌なわけではないのよね?」

 おずおずと不安そうに確認を取る姿は、普段のエレナとはどこか違っていた。


「ま、まあ嫌ってわけじゃないよ。嫌ってわけじゃないんだけど……自分の価値観と全然合わなかったから」

「価値観?」

「……?」

 聞き返すエレナと連動しているように、静観しているルーナはコテリと首を傾けた。二人して同じ疑問を抱いたようだった。


「その……ルーナが言ってたことを丸々真似するんだけど、『一夫多妻制下の妻は基本的に互いがライバル』だとか、『相続や立場の面で優位に立てるかどうかは、出産した子どもの数や、子どもの能力、家名にどれだけのえきをもたらしたか』とか、『妻同士で競争することによって、家名の力をさらに強める』とか」

 この時のベレトは無意識に険しい表情を作っていた。


「もちろん家名を強めるには理にかなったものだし、繁栄に繋がることだから仕方ないけど……個人的にそうなるのは嫌だなって」

 この時——頭の中には喉を痛めてもなお、観客に歌を届けるアリアの存在が浮かんでいた。

 スケジュールに融通が効かず、苦しめられているアリアの様子が浮かんでいた。


「俺は家名を強めるなんてことは二の次で、大切な家族とみんなで楽しく過ごしたいなぁ……。仲が良かったのに、拗れるようなことは嫌だから」

「あなたの言葉を要約すると、最終的な相続や家庭内の立場も平等にして、出産した子どもの数も、どれだけ益をもたらしたかも関係なしにすることで、ライバル的思考を排除するわけですか」

「うん。なかなか現実的なことじゃないんだけどね……」

 難しい内容なだけに、理解しづらい説明になってしまったが、賢い頭を使ってわかりやすく変換してくれるルーナである。


「その方針は身内にしか理解されないことでしょうね。最終的な相続が同じならば、下の立場が大きく得をするわけですから」

「さらには家名を高めるっていう、一夫多妻の一番のメリットまで潰して……」

「あはは……。家名を広めることは大事なことだけど、人生は一度きりだから、幸せに過ごしたいって思いが強くて」

 一度転生したベレトだからこそ、前世に戻ることができないからこそ、『今の幸せ』を誰よりも大切に思えるのだ。


「……はあ。呆れるくらいベレトらしいことだけど、趣味が悪いわね」

「えっ!? 趣味が悪いってそんなことはないでしょ!?」

「絶対に悪いわよ。その考えを聞いた上で、今あたしがあなたに想いを伝えた場合、『財産とか相続とかそんなのを関係なしにお付き合いをしたい』ってなるわけでしょ? つまり『あなただけが欲しいです』『あなたがいれば十分です』って言ってるようなものじゃないの……バカ」

「身分が高ければ高いだけ、辱めを受けてしまうというわけですか。確かにとんでもないシステムです」

「……あ、そ、それは……いや、俺はそんな自惚れた考えを持ってるわけじゃなくて!!」

 言われて気づくこともある。ベレトにはそんな考えがなかったからこそ、慌てに慌てる。


 そんな様子を眠たげな目で見るルーナは、動く。

「エレナ嬢、少しお耳を貸してもらえますか」

「え、ええ……」

 顔を赤くするエレナに一声かけ、耳元で呟くのだ。


「わたし、身分が低くてよかったと初めて思えました」

「っ」

 先ほどからかわれたその仕返しを込めて。



 このようなやり取りができる二人は、『ライバルだとか思わないような関係』にピッタリだろうか。



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