第89話 晩餐会㉓
「ち、ちちちちょっと待って。求婚!? エレナがよくされてることは知ってたけど、ルーナもされてるの!?」
「あ、当たり前でしょ。ただでさえ今回の晩餐会であれだけ声を多くかけられていたのだから、されてない方がおかしいわよ」
「そう言われたらそうなんだけど……」
信憑性がありすぎる言葉。納得しながらその当人に視線を向ければ、少し不思議なことが起こる。
「ルーナが全然目を合わせてくれないって言うか……。完全に顔
「そ、それはその、恥ずかしがっているだけよ。ベレトには内緒にするように言われていたから。ごめんね、ルーナ」
「い、いえ。構いません……」
実際のところルーナに求婚の話は来ていない。もちろん求婚についてなにも聞いていないエレナは、堂々と嘘をついているわけだが——この件はすぐに現実のものになるはずなのだ。
今回の晩餐会で多くの貴族が、今まで一度も夜会に顔を出したことがない『箱入り娘』のルーナを知ったのだから。
容姿や雰囲気、その他のことで多くの好感を得ていたのだから。
その結果、物にしたいと思う貴族が湧き、明日、明後日にでも恋文を届けようとする貴族がいることは予想するまでもないこと。
「言っておくけど! こ、こう言うのは今回が最後だから。だから……いろいろ言わせてもらうわ」
いつも告白を受ける側だったエレナにとって、このようなことを言うのは初めてのこと。
この勇気はそう何回も出せるものではない。
震える声のまま、口を動かすのだ。
「ベレト、あなたは本当に貴族らしくないのよ。変なのよ。偉い身分であるにもかかわらず受け身になりすぎって言うか、気を遣いすぎっていうか」
「……多少なりに貴族らしさは必要です」
「そ、そうよ。さっきも言ったけど……あたし達が特別なら、他の貴族に取られないようにキープするようなことしなさいよ。これが貴族の常識なんだから」
一夫多妻の世界だからこそ、
階級社会だからこそ、グズグズすればするだけ、気になる相手を取られてしまう。
政略結婚が当たり前に行われているからこそ、想いを馳せる結ばれる方が少ないのだから。
「一つ聞くけれど、『モヤモヤした』とかベレトが言ったことは嘘なの?」
「う、嘘じゃないよ」
「じゃあ迷うことなんてないじゃないの」
「ッ」
「この話の流れだから言いたいことはわかるわよね。わからないなら、言ってあげる……わよ」
エレナから問われ、逃げ道を塞がれた瞬間、ベレトの頭はパンク寸前だった。
動悸、不安、困惑、緊張。ごちゃごちゃに混じり合った感情が襲いかかってくるのだから。
そんな状態で『一夫多妻』がもたらす感覚の違いを初めて味わうのだから。
そして、もう一つ。
ベレトの
目の前に『特別な人』がいる前では、この状況に整理がつけられなかった。
「……」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「…………」
風の音しか聞こえなくなるような静寂は、一分も二分も続く。
その間、エレナとルーナは一言も発さない。
心臓の音を全身に感じながら、ベレトの返事の言葉をじっと待っているのだ。
「その……。えっと、なんて言うか……」
「な、なによ。そんなウジウジして。言いたいことがあるなら言いなさいよ。こっちだって一杯一杯なんだから」
「……」
寿命が縮まるほど、鼓動が速くなるベレト。
今考えてるのは、『ベレトの中身はベレトじゃない』ことを受け入れてもらえるのかという心配と今後の危惧。
それでも、ベレトは筋を通すために言わなくてはならないのだ。
「あ、あの、俺さ……。本当にごめん。俺は普通の人間じゃないんだ……」
「はあ? なに当たり前のこと言ってるのよ」
「えっ」
「偉い貴族なのに身分差を気にしない。貴族が好まない料理まで出来る。命令されるばかりの専属侍女にまで好かれる。その他もいろいろ。そんなのは普通の人間じゃないわよ」
「いや、そんな意味じゃなくて……!」
自然と繋がった会話だが、解釈違いの内容。
声をボリュームを上げ、真実を述べようとしたその瞬間だった。
「もううるさいわね、その口」
「んむ!?」
塞がれる声。
一歩、さらにもう一歩近づいたエレナは、白魚のような利き手の人差し指をベレトの口に強く押し当てたのだ。
「い、いい。一度しか言わないからよく聞きなさい」
人形のように綺麗な顔が、髪色と同じように赤く染まった顔が目の前に——
「——あ、あたしはそんな変なベレトだから……大好きになったの」
「ッ」
「普通だとか、普通じゃないとか、そんなの関係ないわ。あなたがあなただから惚れたの。あなたのヘンテコな性格が好きなの。おわかり? このアホ」
「……」
震えた指に、強がった顔。
転生したことを知らないはずのエレナが、心の奥に積もった罪悪感や後ろめたさを払う言葉を口にするのだ。
「あなたが困るようなこと、あたしはなにも言ってないでしょ。とりあえずあたしと付き合えって言ってるだけなんだから」
「……んんむ」
口が塞がれて未だ話せない。
「も、もし友達の感覚が取れないのなら、あたしがあなたを好きにさせてやるだけよ。これなら文句ないでしょ。だから……付き合いなさいよ。あたしと……」
人差し指がそっと離れる。
上目遣いをするエレナのその瞳は、勇気を出し切ったように潤んでいた。
「ほら、なにか言いなさいよ……」
「…………本当に、自分だから好きになってくれたの? 顔とかじゃなくて、性格で」
「そう言ってるでしょ。てか、あんたの顔なんかで一目惚れなんかしないし」
「あはは、そっか。本当にそれは嬉しいな……」
ベレトに迷いがなくなった瞬間だった。この時、一夫多妻を本気で視野に入れるのだ。
「じゃあ、よろしくね。エレナ。これからはその……恋人として……」
「うん……」
恥ずかしさが襲ってくるも、心地よさが勝る。
「い、一応言っておくけど、最終的にはあなたの側室以上にしてもらうつもりだから。非公然の愛人は許さないから」
「わかってる」
「あの……わたしがいること忘れていませんか」
「ッ!!」
「っ!!」
二人で振り向けば、ジト目を向けるルーナがいる。
「……ともかく、おめでとうございます」
「あ、あはは。ありがとう」
「さて……。あたしは少し用事があるから廊下に出ているわね」
「え?」
『この空気で二人にさせるの!?』
そんなベレトの思いは伝わったように、エレナは背中を向けながら言うのだ。
「——あなたにはまだ仕事が残っているから。誰かさんは、二人きりじゃないと殻を破れないみたいだから」
「っ」
その誰かさんを指すようにルーナの肩に左手を置いたエレナは、耳元で呟くのだ。
『恥ずかしいのは今だけ。あたしのライバルなんだから、あなたも勇気を出すのよ』
最後の勇気を与えるように、ぎゅっと力を入れて。
その言葉を最後に、バルコニーを出るエレナは——ハッとなにかに気づいたようにベレトの口に当てた人差し指を、おずおずと自らの口に当てるのだった。
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