第73話 晩餐会⑦
『ふふふ、わたくしに堅苦しい口調や態度は結構ですからね』
なんてアリアの気遣いから始まった挨拶は、楽しそうな雰囲気に包まれていた。
「それにしても、エレちゃんとルーちゃんがお知り合いになっていただなんて」
「最初は関係がなかったのだけど、いろいろあって……。ね、ルーナ」
「はい。ですが、このタイミングでお呼び出しは少し苦しいです。エレナ嬢」
「あ、あら? それはどうして?」
「『お前は何者なんだ』との視線が痛いですから」
公爵家と、伯爵家の間に挟まれている男爵家……貴族の中では一番身分の低いルーナなのだ。
肩身
「ルーちゃんは堂々としていればよいのですよ。周りのことは気にする必要ありません」
アリアは微笑み、『ええ』というようにエレナも微笑む。
無論、二人は意地悪をしているわけではない。
この挨拶の場に参加させることで、『ルーナの人間関係』を手軽に、大いにアピールする狙いがあるからこそ、である
結果、男爵家だから……と、ルーナによからぬことを考える貴族を将来的にも牽制することができるのだ。
そして、この狙いを口にしないのは——身分が低いことをルーナが申し訳なく思わないように。
夜会に慣れている二人だからこそ、この意思疎通は簡単に取れる。
対照的に、初めて夜会に参加するルーナがこの狙いに気づけないのは当たり前なのだ。
「でも、ルーちゃんが注目を浴びないのは無理なお話でしょう? 綺麗なお召し物をしていることもそうですが、侯爵
「それは……確かにおっしゃる通りですね。お言葉通り、周りを気にしないよう努めます」
「ねえ、ルーナ。一つ聞きたいのだけど、もしかして、ベレトから先に挨拶をしてきたりした?」
「はい」
コクンと頷いた返事をすれば、アリアとエレナは関心するように、一瞬目を大きくする。
自分らと同じように、ルーナのために人間関係をアピールしたんだろう、と導いたことで。
『さすがの気遣いですね。ベレト殿は』
『た、たまたまじゃないかしら? 気遣ったのかもしれないけど……』
誰にも気づかれない一瞬のアイコンタクトが流れる。
「そういえば、エレナ嬢はまだ彼とご挨拶していませんが、よろしいのですか」
「っ!」
「あ、もしかしてサーニャがご挨拶しているからでしょうか。離れるよう伝えましょうか?」
「そ、そうじゃないの……。そうじゃなくて……」
途端、声が弱々しくなる。明かりに照らされる顔が朱色に色づく。
そんなエレナは、挨拶中のベレトを一瞥して言うのだ。
「なんか……その、格好が変だから……今はいいのよ」
「えっ? ベレト殿のお身なりは——」
「——素敵な格好なので、もう少し見慣れてからご挨拶をするつもりでしたか。理解しました」
「ちょ、アリア様の前でなにを言うのよ……っ!」
「誤解を招きかねませんでしたから」
「も、もぅ……」
正確な説明をされ、濃い赤色に染め上げるエレナは、大きな動揺を露わにする。
学園でもこのようなやり取りがされているのだろうと、楽しい想像を働かせるアリアは、気づいていたことをここで口にした。
「そのような意味でしたか。ベレト殿にご好意を寄せていることには気づいてましたから驚いてしまいました」
「え……」
「もちろんルーちゃんもですが」
「っ……」
「わたくしがベレト殿とご挨拶する際、強い目で見てこられたでしょう? お二人とも」
「そのようなことは……ありません」
「あ、あたしもよ。アリア様にそのようなことするわけがないわ」
「それでは、わたくしがベレト殿とお抜けしても問題ありませんね?」
「…………」
「…………」
真顔で会心の一撃を食らわせるアリアと、痛恨の一撃を食らう二人。
ピッピっとルーナがエレナの裾を二度ほど引っ張れば、エレナもルーナの裾を引っ張る。
『早くダメって言って』とお互いが押し付けあうその行動を見る歌姫は、口に手を当てて上品に笑った。
「ふふふっ、それほどなのね。先ほどの言葉はご冗談ですから安心してくださいな」
「よかったですね、エレナ嬢」
「ルーナもでしょ」
「……ベレト殿の悪い噂はあくまで噂、なのですね」
彼に睨まれた過去があるアリアだが、今なら『誤解』だったと言える。
外見で判断しない二人がここまで惹かれていることもそう。
挨拶を交わした際、公爵の立場を気遣って立食に誘ってくれたこともそう。
ルーナのことを気遣って、人間関係をアピールしたこともそう。
そして。
「……サーシャが一人のお相手と、あれだけ長話をしている姿……わたくし初めて見ます」
彼女が凛とした性格を持っているのは見ての通り。
夜会に参加した際にはいつも最低限の礼儀——挨拶だけ交わし、自分にとって有意義だと思う時間を過ごすのだ。
今回、その行動を取っていないということは、ベレトからの下心や、自らの嫌悪感がないということ。
それが有意義な時間だと感じ、純粋に会話を楽しんでいるということ。
悪い噂が本当ならば、この行動が引き出せるわけがない。それは、主人であるアリアが一番に理解していることだが——。
「アイツが無理やり引き止めているだけだったり」
「美人な方ですもんね。彼、挨拶をしたいと気にかけていましたよ」
「やっぱりそんなことだろうと思ったわ」
エレナ、ルーナによる高速のやり取り。
タイミングを逃したことでムッとする二人に訂正することは叶わず、眉をピクピクさせるアリアだ。
『ほ、本当に好意を寄せているの……?』
好きな人に対してありえない疑いである。
当然の疑惑が溢れるが、ベレトに視線を送って数秒後……うっすら微笑む二人を見て、それは霧散する。
この様子から、おおよその関係を悟ったアリアは、羨ましいという感情を募らせる。
まるで、自分とサーニャのように、立場関係なく軽口を言い合えるような、素敵な関係が男女で作られていることで……。
「従者のクラスで人気になられるのも……当然の寛大さなのですね」
瞳を細めながらボソリと呟く歌姫は、ちょうど気づくのだ。
ベレトに挨拶をしようと、ソワソワとしながら待機した二人の侍女に。
この時、初めて後悔という感情が芽生えるのだ。
誤解のない状態で、先入観を捨てて、ベレトと純粋な挨拶を交わしたかった……と。
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