第72話 晩餐会⑥
「それにしても、ベレト様にご挨拶される方……少ないのですね」
「ッ! ごほっ、ほごっ」
挨拶が終わって談笑中——いきなりだった。
心を抉る言葉をサーニャがかけてきたのは。ちょうど料理を飲み込むところだったベレトは、咳き込みながら口を抑える。
「大変申し訳ございません。嫌味で口にしたわけではなく、こうして接していると意外でしたので。私の見立てでは、アリアお嬢様と同等程度、ご挨拶に来られても不思議ではありませんよ」
「あはは……。それはどうもありがとうございます」
嫌味がないのは伝わっている。ただ、クールな態度を持つ彼女であるばかりに、言葉が強く感じたのだ。
「ま、まあ自分の評判が悪いことは事実なので……挨拶は自分の専属侍女、シアを通す形になったと言いますか」
「ベレト様
「『も』と言いますと、サーニャさんもですか?」
「そうですね。状況は異なるのですが、お聞きしてもらってもよいですか」
「それは是非」
サーニャとは今日初めて話した間柄なのだ。
少し話題に困っていたところに、こんな申し出をしてくれた。
(お仕事ができる人なのは雰囲気からも伝わるから、もしかしたら俺の気持ちを汲んでくれたのかもしれないな……)
王宮への推薦状が確実視されている『完全無欠』のシアの主人をしているだけに、ふとそう思った。
「この身の私なので、不満を口にしても仕方がないと言われればそれまでなのですが、それはもうだらしない方がいましてね。それはもう本当に」
「そ、そんなにですか!?」
超能力を使っているんじゃないか? というほどに強い気持ちが伝わってくる。
「掻い摘んでお話しますが、ご予定がない日は一日中ベッドの中ですよ。お食事もベッドの上で完結させようとしますし、ベッドから出たくない一心でお手洗いまで我慢しますし、おんぶで運んでほしいとまで言う始末です。お布団に包まり続ける姿はまさにイモムシですから」
「あははっ、そうなんですね」
笑って流したものの、思った以上に衝撃的だった。
この世界に転生して、だらしない人を見たことも、聞いたこともなかっただけに。
そして、クールな態度から放たれる『イモムシ』は少し面白かった。
「それだけではありませんよ。最悪、数時間の
「え、えっと……そ、それは……ちょっと嬉しいかもですね?」
サーニャが訴える人物が女性なのか、男性なのかはわからないが、休める時間を作ってくれるのは悪くないと思える。
「嬉しいと思えるのは最初だけですよ。これはもう変わらないでしょうから、将来の伴侶になる方に同情します。無論、ダメなところが目立つだけで尊敬しておりますがね」
「そ、それはまあ……返事に困りますが、楽しそうでもあって、大変そうですね」
(この世界にもそんなぐうたらな人がいるんだなぁ……。咎められていない様子だから、やるべきことはちゃんとしてるんだろうけど……)
仮の話だが、毎日一生懸命頑張っているシアが、そのようなプライベートを過ごしていても、こちらは微笑ましく思うだけ。
それと似た形だろう。
「一日変わってみますか? お支え甲斐がないので、手持ち無沙汰ですよ」
「あ、ああ……。確かにそんな問題もありますか」
「存在意義を見失う日もしばしばです」
「あの……甘いもので釣ってみると言うのはどうですか? ベッドから引き摺り出し作戦、みたいな」
「試したことがありますが、射程範囲に入るまで動かないので無理でした」
「そ、それは賢すぎますね……」
「おっしゃる通りです」
『はあ』と、ため息を吐くサーニャは本当に苦労しているのだろう。一度、その仕える主に会ってみたくなる。
(って、あれ? これ……誰の話なんだ? エレナはそんな性格じゃないし、甘えないためにも従者はつけてない的な話、聞いたような……)
過去のやり取りを思い出したことで疑問が湧く。
この晩餐会に参加しているということは、そのだらしない人物がいる可能性が高いのだ。
「……あの、今さらですが、その情報を教えてもよかったんですか? なかなかに秘密事項のような……」
「(誰も信じないという)カラクリがありますからね」
「ほう……」
「もう一つ理由を挙げれば、ベレト様は言いふらすような性格でも、引くような性格でもないと判断したので。『やるべきことをやっているのなら、自由に過ごしてもらった方が嬉しい』という考えをお持ちでしょう?」
「えっ!? 自分のことでアレですけど、凄い観察眼ですね……」
「対話をすればある程度はわかります。これでも、たくさんの人間を見てきましたから」
「なるほど」
言い当てられただけに『嘘』なんて気持ちは一ミリも湧かなかった。
関係値が0に近いサーニャだが、気まずさを感じないのは、言葉通りに多くの対話をした経験があるからだろう。
(自分もいつか、彼女みたいになりたいな……)
将来の侯爵を担うだけあって、確実に必要なスキルとなるだろう。
今日、この晩餐会に参加したことで、一つの収穫を得ることができた。
そして、サーニャと対話して10分が経った頃。
「——華、ですね」
「いやぁ、あのメンツはずるいですよ」
主語のない言葉を肯定したベレトは、彼女と同じ方向に視線を向ける。
晩餐会の中央当たり。そこにちょうど集まったのは、三人の淑女。
公爵家のアリア。
伯爵家のエレナ。
男爵家のルーナ。
それぞれに似合うドレスに身を包む美少女らだった。
「私でも視線を奪われるほどですから、男性ならばもっとでしょうね」
「否定はしないです」
「ベレト様もお入りになっては?」
「さすがにそれは……」
高嶺の花。まさしくその言葉が似合う3人である。
そして、この3人が話す内容はもちろん——である。
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