第71話 晩餐会⑤
(やっぱり上の立場の相手と会話するのは大変だったな……。初対面に近い相手でもあったし)
アリアと立食しながら15分ほど過ごし、その場を離れた今。
新しい料理を取ったベレトは誰の邪魔にもならないように壁際に移動していた。
たくさんの料理が運ばれたことで、晩餐会場はより一層の盛り上がりがある。
それは、この場の空気を感じているだけで退屈しないほど。明るい気持ちになれるほど。
「まあ、こんな場も悪くない……か」
一人の時間が続くことがわかっていても、悪くない時間だ。
ふっと笑みを浮かべてチキンを口に入れるベレトは、周りを見渡す。
(それにしても……凄いな)
心の中でそう思い、口の中にあったものを飲み込む。
「いつも関わっているだけに麻痺してたけど……」
首を右に回して固定する。
そこには、男の従者3人と楽しそうに会話しているシアがいる。
シアが従者に何度か手を振っているあたり、なにかしらのお誘いを断っているのだろうか。
一つ言えるのは、間違いなくモテている。
今度は首を少し左に回して中央付近を見る。
そこには、料理を運び終えて晩餐会に参加したエレナがいて、4人の男貴族と談笑している。
全員が知人なのだろう、他よりも一段と楽しんでいるような雰囲気がある。
そして、エレナの笑顔を見た全員が頬を赤らめている。中には、立食の手が止まっている者もいる。
一つ言えるのは間違いなく惚れている。
さらに首を左に回して左側を見る。
そこには男貴族、一人一人から挨拶をされているルーナがいる。
一方的に男貴族が喋っており、ルーナは相変わらずの無表情で相槌を打っている。
身分が低いこともあり、声をかけやすいのだろう。もっと言えば、低い身分でエレナやアリアに引けを取らない綺麗さを持っている。
間違いなく、狙われている。
「……」
三人に視線を回した後、目を落としたベレトは、再び料理を口に運ぶ。
(なんか、ちょっと……いや、モヤっとする……。なんでだろ、普段見ない光景だからかな……。いつもはこんな風にならないのに……)
心が締め付けられるような感覚に襲われる。
(シアにならまだしも、エレナとルーナに対してもこう思うなんて……)
二人とはただの友達関係。これは迷惑にしかならない独占欲だ。
「……はあ。自衛自衛……」
さらにあの光景を視界に入れれば、もっと心にモヤがかかる。
変な気を起こさないよう、料理を楽しもうと気持ちを切り替えようとしたその瞬間だった。
「——どうも」
「あ……どうもです」
いきなり声をかけてきたのは、ドレスではなく、黒のスーツに身を包む長髪の女性からだった。
この動きやすい服装を見るに、参加者というよりは警備的な役割を担っているのだろう。
(となると、ルクレール家の関係者さんかな? 空き時間は一人で過ごしている参加者を楽しませるように……みたいな?)
悪い噂のある自分に声をかけてくる相手なんていないも同然。当然の推理である。
「楽しんでおりますか。晩餐会」
「はい。楽しませてもらってますよ。お料理も美味しいです」
(やっぱり予想通りだった。それにしてもめちゃくちゃクールだな……。さすが女性警備官? だけある)
相手がルクレール家の関係者だと決定付けた今、プラスなことを述べておく。無論、本心である。
「そうですか。であれば、なおさらですね」
「ん?」
ふっと表情を和らげた女性だが、その真意は上手に濁される。
「アリア
「えっと……すみません。なにに対してのお礼でしょうか」
心当たりのないお礼ほど怖いものはない。失礼のならないように、
「ふっ、あくまでしらばくれるおつもりなんですね」
「あ、あはは……」
(いや、しらばくれるもなにも、心当たりが——)
「アリアお嬢様を立食にお誘いしたことですよ。アリアお嬢様のお立場では、ご挨拶の際、自由を制限されますから」
「あ、ああー、そうなんですね……」
(え? なんで制限されるの? アリア様からは立食に誘えないの?)
理解が全く追いつかない。それでも、この女性は知らないふりをしていると勘違いをしている。
その皮を外そうと、小出しから感謝の内容を出してくる。
「あなた様が先陣を切って立食にお誘いしたおかげで、お食事を楽しみながらご挨拶を、との流れをアリア様は取ることができました。そのお礼です。お誘いへの勇気、お気遣いに感謝申し上げます」
「い、いえいえ……」
(ま、ままま待って。『お誘いへの勇気』って、本来するべき行動じゃないってこと!? エレナからは『立食しながら』って聞いてたんだけど……!)
この口ぶりからするに、珍しい行動を取ったのは間違いない。一歩間違えば、失礼を犯す行動だったはずだ。
自分よりも身分の高いアリアと関わりたくなかった理由を、早速発動させていたことを今、知る。
「あ、頭をお上げください。お礼は受け取れませんよ。本当にそんなつもりはありませんでしたので」
「……変わったお方ですね。あなた様からしても、安い感謝ではないと思うのですが」
「ま、まあ、これは個人的な感想ですけど、全員で楽しんでこその晩餐会ですから」
「ふふ、そう言っていただけると助かります」
(……それにしても、この手厚さはさすがアリア様だなぁ。『お嬢様』なんて呼ばれているし)
公爵家の関係者ならまだしも、ルクレール家の関係者までそう呼んでいるのは、それだけ重鎮なのだろう。
「……と、すみません。ご挨拶申し遅れましたね。私、サーニャ・レティーシャと申します。どうぞ、サーニャとお呼びください」
「あっ、こちらこそ申し訳ございません。ベレト・セントフォードです。こちらもベレトで構いません」
そうして、アリアの専属侍女——サーニャだとは知らず挨拶を交わすベレトだった。
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