第74話 晩餐会⑧ Sideシア

(お美しいアリア様やエレナ様、ルーナ様を拝見されて、皆さん気分が高まっているのでしょうか……)

 ほんわかした笑顔でたくさんの挨拶を捌いていくシアは、内心こんなことを思っていた。

 体の中にはどんどんと気苦労が積もっていた。

 普通の挨拶ならばこんなことにはならない。むしろ人と会話することが大好きなシアだが……三つの例外を多く受けている状態だったのだ。


『今度、お休みの日にでも僕とお食事はどうですか?』

 このお誘いが一つ目。

『本当に可愛らしいです。心に決めた方などいるのですか?』

 この口説き言葉が二つ目。

『噂で聞きたけど……大丈夫?』と、首を傾げてベレトを一瞥し——『悩み事があれば相談に乗るよ』

 との誤解している言葉が三つ目。


 シアはベレトの専属侍女。

 ご主人の顔に泥を塗らないように。ご主人のご迷惑にならないように。

 この二つをいつも一番に考えている。

 つまり、断った相手がベレトに矛先を向けないよう相手を気遣いつつ、不快な思いをしないように、言葉を選びながら申し出を断わり続けているのだ。

 一人一人の性格によって言葉を変えるのは、とても大変なこと。


 本当は、こう答えたいのだ。


『今度、お休みの日にお食事でもどうですか?』

 そう聞かれれば——。

『申し訳ありません。ベレト様に誤解されてしまいますからっ』と。


『本当に可愛らしいですね。心に決めた方などいるのですか?』

 そう聞かれれば——。

『もちろんベレト様ですっ!!』と。

 

『噂で聞いたけど……大丈夫? 悩み事があれば相談に乗るよ』

 そう聞かれれば——。

『結構です。ベレト様のことを誤解されているので』と、ご主人を一番に慕っていることを。

 雰囲気のいい晩餐会なだけあって、声を荒げたり、半ば脅してくるような貴族はいないが、気持ちを抑えること苦労する原因だ。


(……ベレト様)

 また一人と挨拶を終えたシアは、惜しげな視線をご主人に向ける。

 そこには——アリアの専属侍女、サーニャと入れ替わるように、侍女二人が……ベレトと挨拶をしているところだった。

 おどおどしながらも……楽しそうに、目を輝かせて。


(私も、ご一緒したい……です)

 この二人の侍女は晩餐会場で既に挨拶を交わしているクラスメイト。

 そして、学園でベレトの話をすれば、興味深そうに聞いていた侍女らである。


 悪い噂に左右され続けることなく、自分で判断し、誤解を解いたからこそ珍しい光景、、、、、が生まれている。

 ベレトにとって良いことでもあるが、シアにとってはキュッと胸が締まる思いなのだ。

 異性としてのお誘いや口説き。

 そんな言葉をたくさん受けたシアは、自慢のできる素敵なご主人だと理解しているシアは、こんな想像を無意識に働かせてしまう。


 ご主人様もそのようなお誘いを受けているんじゃないかと。

 相手のことを傷つけたくない……なんて思いで断ることができないんじゃないかと。

 そして、『この人を引き入れたい』なんてベレトが思ったかもしれないと。


 今、ベレトに挨拶をしている二人の侍女は、学園で両手の指に入るほどの優秀な成績の持ち主。

 アリアの専属侍女、サーニャは言うまでもない。

 そして、この三人はシアのような幼い顔立ちではなく……アリアやエレナ、ルーナのように大人びた顔立ちをしている。

 そんな女性らしく、素敵な侍女ばかりご主人の元に周りに集まっているのだから。


「……」

 シアの仕事は、ベレトの代わりになって挨拶をすること。専属侍女として20時まではそれに徹底しなければならない。

 しかし——。

(ほんの少しだけ……私のわがままをお許しください……)

 ベレトは将来、、のことを相談した相手。自分が一番お慕いしている相手。

 シアにとってはこの立場を誰にも取られたくはないのだ。

 ご主人のことを信頼していても、大きな心配に襲われるのは当たり前のこと。


(5分だけ……。せめて3分だけでも……)

 眉尻を下げながら胸に手を当て、ご主人の手に持つお皿に料理が残っていないことを確認したシアは動くのだ。

 料理が並ぶテーブルに移動し、いろどりよく料理を見繕う。

 それから静かに3人の元に近づいていけば、盛り上がりのある話し声が聞こえてくるのだ。


「——えっ、そうなの!?」

「はい! わたしがお手本にしておりまして……っ」

「私もとても尊敬しておりまして……っ」

「いやぁ、そう言ってもらえると主人としても鼻が高いよ。っと、自分がこんなこと言うと圧がかかるかもだけど、これからもよろしくしてくれると助かるな」

「そ、それはむしろわたしがお願い申し上げたいところで……!」

「私もその通りさせていただけたらと!」

 笑顔のベレトと、ワタワタしている二人の侍女。そのタイミングで——。

「あ、シア」

 挨拶が終わるまで待つつもりだったシアは、気づかれてしまう。


「あ、あの……ご挨拶中お邪魔してしまい申し訳ありません。その、ベレト様のお手元が寂しいかと思いましたので、ベレト様がお好きなものを見繕って……」

「えっ!? 本当にありがとう、シア。忙しいのに気を回してもらってごめんね。って、色取りめっちゃ綺麗だね」

「あ、あの、それよりベレト様。私がお邪魔してしまったご挨拶が……」

 構ってくれるのは本当の本当に嬉しいが、今は状況が違う。


 慌ててそう促せば、侍女二人は微笑んだ。

『お話に聞いていた通りですね』

『いつもそのようなやり取りをされているのですね』なんて言葉を含ませるようにして、一歩下がって声を出すのだ。


「ベレト様。不躾で大変申し訳ないのですが……この辺で失礼させていただきます」

「わたしも失礼させていただきます。ご挨拶のお時間を作っていただき、誠にありがとうございました」

「あ……。うん。こちらこそありがとう」

 ベレトも意図を汲んだように、お礼を返す。

 そして、両手でスカートの裾を軽く持ち上げた別れの挨拶をした侍女は離れていった。


 二人の空間がすぐに生まれると、ご主人は目を細めて苦笑いをした。

「あはは……。気を遣われちゃったね、シア」

「っ!!」

 挨拶に割り込もうとしたわけではない。それでも結果的はそうなってしまった。

 すぐに謝罪しようと頭を下げようとすれば、『そうじゃないよ』というように声色が変えた。


「もしかしてだけどさ、あの二人には俺たちの関係ってバレてたりする……? その、シアと相談した将来的なやつ……」

「い、いえ! あ、ああああの件はクラスの誰にも言っておりません……!」

「そう? じ、じゃあ……そんな雰囲気が出てたのかなぁ」

「……そ、そうかも……しれません」

 ご主人はどこか恥ずかしそうに視線を下に向けた。そんな姿に、シアも恥ずかしさが伝染する。


「ま、まあ勘づかれても平気だよね? 別に悪いことをしようとしてるわけじゃないんだし」

「そ、そうですね……? えへへ」

 顔を見合わせる。もしかしたら、赤くなっているところがバレているかもしれない。

 でも、シアにとってはとても幸せな時間だった。


「さて、それで話変わるんだけど……シアって今時間空いてる? 15分くらい」

「あ、空いております」

「じゃあ、立食に付き合ってくれない? これから一人になる予定だから」

「もちろんお供させていただきます!」

「ありがとう。それじゃあ……お返しにシアの分を俺が見繕っていい?」

「は、はいっ!!」

 二人の空間はすぐに作られる。そのままテーブルに移動するのだった。



  ∮   



『あら、アイツが盛ったお料理……シアに渡したわよ』

『お互いに盛ったものを交換しているのでしょうね。相変わらず仲が良いですね』

『……』

 未だ3人で挨拶中の高嶺の花。


 エレナは意外そうに眉を上げる。

 ルーナは冷静なツッコミを入れながら、チラチラと確認。

 そして、アリアは誰よりも打ち解けている二人に——侍女に優しくするベレトに無言で視線を送っていた。

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