第55話 シアのお出迎えと先の未来
日が暮れる時間帯。
エレナに見送られながら自宅についたベレトは、早速の出迎えを受けていた。
「お帰りなさいませ! ベレト様っ」
「ただいま、シア。出迎えありがとね」
「いえいえっ、お仕事の一環です! そ、それに好きでしていますから!」
「ん?」
寂しかったのだろうか、普段は口にしないような珍しい言葉が付け加えられている。
疑問符を浮かべながらシアに視線を送ると、如実な反応が見える。
彼女はゆっくりと首を右に回し、顔を見られないように動いたのだ。髪と髪の隙間から真っ赤に染まる耳をチラつかせて。
(ああ、勢い余ったやつか……)
気恥ずかしい思いに包まれるが、それ以上に恥ずかしがっている相手がいると
「あ、あ、あの……ご会談の方はどうでしたか!?」
「あはは、楽しく過ごせたよ」
顔を真っ赤にしたまま話題を逸らそうとするシアに思わず笑いが溢れてしまう。
「そ、そうでしたかっ!」
緊張していたところを彼女には見せていなかったが、会談の相手はあのイルチェスタス伯爵だ。
心配を積もらせていたことがわかるように、にぱぁと笑顔を向けてくる。
『よかったあ』と表情で伝えてくる。
「シアの方はどうだった? 今日も特に問題なし?」
「はい! 本日はベレト様のお部屋を清掃した後、学園の勉強に中心させていただきました」
「ちゃんと休憩は取った?」
「ええと…………は、はぃ」
まんまるの目で天井を見上げ、5秒ほど考えた後、明らかに小さい声で返事をされる。
誰かどう見てもわかるだろう、嘘をついていることに。
「俺に注意されると思ったから嘘ついたでしょ。そもそも勉強に集中して休憩することすら忘れてたやつでしょ」
「っ!?」
「はい。休憩はちゃんと取るようにね。体調を崩す原因になるんだから」
ビクッとした反応を見れば明らかである。
休憩を取らないことで注意する。なかなかにないやり取りだが、シアからしたら仕方のないことだった。
「すみません……。で、ですが成績を落とすわけには……」
そう、主人であるベレトと大事な話をしたのだから。
『王宮への推薦状をもらったらどうしたい?』との問いに、『お断りをして、引き続きベレト様の侍女としてお仕えさせていただきたいです』と。
この言葉に筋を通すのならば、成績を落とすわけにはいかない。『必ず王宮への推薦状を獲得しなければ……』との思いだったのだ。
「それに私の体は丈夫ですからまだまだ平気です!」
「はいはい、とりあえず次から休憩を取るようにね。その体で丈夫と言われてもだし」
「……ぁ」
ポンと彼女の頭のてっぺんに手を乗せ、言う。
「はい、推定140センチ」
「そ、そんなに小さくないです……! それに中身が丈夫だとお伝えしました……」
「あはは、冗談だからちゃんとわかってるよ」
頭に置いた手を退けたベレトは、すぐに提案をする。
「じゃあ今から一緒に休憩しない? シアへのプレゼントももらってて」
「は、はい!? ベレト様とご一緒でしたら是非!」
休憩
微笑ましい気持ちに包まれながら、彼女と共に移動する。
その休憩先はベレトの自室である。
「はいこれ。エレナからシアにプレゼントだって」
「エレナ様からですか!? あの、中身を開けてみても……」
「もちろん」
椅子に座ってすぐ。プレゼントを渡すと、シアは丁寧に封を開けて箱の中身を覗いた。
「っ! わ、わあ……!! こ、こんなにたくさんのチョコレート……」
「おおー! よかったね」
「って、私、こんなに食べられませんよ!? 高級品をこんな……」
目をキラキラさせたのも束の間。我に返ったように首を横に振ったシアは、鋭いことを言ってくる。
「あ、あの、本来はベレト様と私の分でこの量なのでは……?」
「へ?」
『正解』とは言えない。言うつもりもない。
そうだと答えたのなら、大好物を遠慮してしまう彼女なのだから。
「いや、違うって。シア一人で食べられる量だし、エレナもそう言ってたし」
「明後日は学園がある日なので、エレナ様にお聞きしてもよろしいですか?」
「……え? いや、それはなんか、その……アレじゃない? わざわざ聞く必要のないことっていうか、掘り返さなくてもいいっていうか」
「ベレト様―?」
上手な言い訳が思いつかなかった。違和感を持たれるのも当然である。
青の瞳を細め、疑いの眼差しを向けられる。
「あ、あはは……」
そんな追い詰められた状況に、苦笑いを作って強引に話を変えるのだ。
「それより! 今日の本題はもう一つあって。むしろこっちの方が大事なことだから」
「そ、そうなんですか?」
「うん、ちょっとここからは真面目になるよ」
『大事』のワードは効果てきめんだった。
事実、方便でもない。
ベレトはすぐにスイッチを切り替え、真剣な顔になって話すのだ。
「あのさ、シアは覚えてる? 今回の会談が終わったら、今後についてもう一回相談できる? って話したこと」
「っ」
途端、シアは落ち着きをなくしていく。
視線を
相談の内容は恥ずかしいものなのだ。
『シアとこれからも一緒にいられるように』なんてものなのだから。
「その様子だと覚えてるね?」
『コクコク』
首を縦に振って肯定したシア。
「ま、まあ、俺も俺で恥ずかしい内容だから……簡潔に話させてもらうね」
『コク』
「えっと、まずはシアの家の決まりを守らないとだから、卒業まではこの関係を維持するんだけど……」
本題はここから。
「卒業をしてからのことは、俺の方で必ず道を作っておくから」
「ほ、ほ、本当ですかっ!?」
「うん。こんなことを言うと成績に影響するかもだけど、王宮への推薦状が出なかったとしても、俺が引き取らせてほ……じゃなくて、その道をちゃんと作っておくから」
言葉を濁しているのは、立場の弱いシアに制限をかけないため。卒業までまだ3年もあるのだ。
この長い間に気が変わるかもしれない。今まで理不尽な扱いをさせてしまったからこそ、自由にさせたい思いがある。
『シアを手放したくない』なんて私情を挟まないのだ。
「でも、これは口約束。道は必ず作っておくけど、作っておくだけ。制限をするわけじゃないから、シアの気が変わったら遠慮なく言ってほしい」
「あ、あの……ベレト様は軽く考えておりませんか?」
「軽く考えてるって?」
「私よりも優秀な侍女は必ずいらっしゃいます……。道を作るというのは、その優秀な侍女を見つけられても……その……」
「もちろんシアを優先するよ。俺の中でシアは一番だし、一番だからこそ好きにさせてあげたいし」
「っ!!」
大きなまばたきをして驚いているが、驚かれるようなことではない。そもそもが成績一位のシアなのだ。
「あ、あの……で、でしたら私は必ず王宮への推薦状をいただいて、引っ張りだこになるような侍女を目指したいと、お、思います……」
「期待してるよ。俺もシアの努力に負けないように頑張るから」
「え、えっと、その、これからもよろしくお願いいたします……!」
「俺の方こそ。ってことで休憩は終わりね。はいこれ」
「ありがとうございます……」
先ほどの話を未だ引きずっているシアは、遠慮していたチョコを受け取った。
実際は遠慮をするどころじゃないのだろう。溢れる感情を我慢しているように、受け取る手をブルブルと震えさせていた。
ベレトが言った『道を作っておく』には二つの捉え方がある。
引き続き専属侍女という枠なのか。
それ以上の枠なのか。
その答えは、また先の話である。
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