第43話 シアの気持ち

(全然わかってなかったんだな……俺って)

 ルーナと相談したことでシアの気持ちに気づいたその日の放課後。


「あの、ベレト様……」

「な、なに?」

「突然のことで本当に申し訳ありません。本日は所用があるのでお時間をいただけないでしょうか……」

「えっ?」

 普段通りに待ち合わせをして、二人で帰路に着こうとした矢先。

 くりくりした青の目を見上げ、恐る恐るというように言葉をかけるシアがいた。


「所用っていうと侍女の集会みたいな?」

「……」

 シアはフルフルと首を横に振った。

 自らその用事を口にしないのは、言いたくないから。もしくは言えないから、の二択だろう。


「と、とりあえず大事な用なんだ……?」

「はい……」

 普段から仕事を第一に考えているシアなのだ。今回のようなことは初めてである。

 それだけではない。『なんとしてでも許可を取るんだ』なんて覚悟が感じ取れる。

 仕事と同様に優先しなければいけない緊急の用ができたのだろう……。

 内心、その用事がなんなのか問いただしたいところだが、まずはシアの気持ちを優先することにする。


「用事ができたなら仕方ないね。了解」

「あ、ありがとうございます……!」

「何時頃には帰宅できそう? 予定がついてるなら教えてほしいかな」

「一時間から二時間ほどを想定してますので、19時前後には帰宅いたします」

「わかった。外も暗くなる時間帯だから遅くならないように気をつけてね」

「はいっ!」

 それが別れ際に交わした会話。


 そして今現在。

「はあ……」

 自室で勉強中の自分は、課題に集中できていなかった。


(どうしても意識しちゃうな……本当)

 手を止め、思い浮かべる人物は侍女のシアである。

 彼女のことを考えると、昨日の会話が脳裏によぎるのだ。


『これは仮の話だけど、もし王宮への推薦状をもらったら……シアはどうしたい?』

『お断りをして、引き続きベレト様の侍女としてお仕えさせていただきたいです』

 凛とした態度で、さらにはこう言っていた。


『ベレト様以上に素敵な方はいらっしゃらないと思いますから』

『それは専属侍女の補正がかかってるだけだって。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、シアは侍女の気持ちを固めすぎ。今は自分の幸せを見つけてもらう努力をしてもらわないと』

『そんなことないです! ベレト様にお仕えさせていただいているだけで、わたしはとても幸せですからっ』


 気を遣っている。侍女の立場を弁えて言ったこと。そう考えていたが、ルーナの説明で勘違いしていることに気づいたのだ。


『王宮に務めることができれば、あなたと侯爵家の印象が王族から上がります。専属の侍女として指導していた過程がありますからね』


『さらにはシアさんの頑張り次第で、侯爵家は王族と強い関係を結べるかもしれません。侍女を渡すというのは一種の橋渡しになりますから』


『そのようなチャンスを断るシアさんですか。わかりやすくするために酷い言葉に変えますが、侍女ができる最高の恩返しを無駄にしようとしているわけですよ』

『これからもお仕えしたい』そんな本心がなければできない選択であり、本心だと気づけなかった自分だからこそ言われてしまった。


『シアさんが可哀想です。侍女ができる一番のアプローチに気づかれなかったわけですから』

 ルーナからこのように。


「……情けないったらありゃしない」

 頭をガシガシ掻き、再度ため息を漏らしてしまう。

「と、とりあえず今後の話をもう一回しないと……。俺が勘違いしてたばかりに、王宮にいかせたいとか思われてる可能性もあるし……」

 脈が早くほどの不安を覚えながら課題に取り組むこと一時間。


「はあ、はあ……。す、すみませんっ! 大変遅くなってしまいました」

 息を乱しながらの帰宅。そして、なぜか胸元で箱を抱えているシアがいた。


「おかえり。まだ19時だから大丈夫だよ」

「そう言っていただけると助かります。すぐにお仕事に取りかかりますので……!」

「ちょ、待って待って。そんなに慌てなくてもいいって。息が整うまでほら、椅子に座って」

「本当にすみません……」

『外も暗くなる時間帯だから遅くならないように』の言葉を守ってくれたのだろう。急ぎで帰宅に努めたことは今の様子からもわかる。

 シアが腰を下ろしたところで話題を投げる。


「もしかしてだけど、今日の用事は昨日から入ってた?」

「ど、どどどどうしてそう思われたのですかっ!?」

「昨日の仕事量がいつもより多かったような気がしてたから、今日との釣り合いができるように調整してたんじゃないかって」

「っ、その通りです……」

「やっぱりそっか」

 なんて差し支えのない返事をしながら、胸中では大きな疑問があった。


(昨日から入っていた用事の報告をしてないのはシアらしくないよな……)

 どんなに小さなことでも逐一報告する彼女なのだ。

 忘れていた可能性ももちろんあるが、普段の様子からするにあり得ないと例えていい。


「しっかり筋は通してるんだから、そのように説明してくれてよかったのに」

「その、言い訳になってしまうと判断しまして……」

「ははっ、本当真面目なんだから」

 やっと見えたシアらしさに笑顔を浮かべる自分は、ここでツッコミを入れる。


「それでさ、今も大事そうに胸に抱えてるその箱はなに?」

「っ!?」

 箱に触れた瞬間である。目を見開いたシアは、あわあわしながら箱を背中に隠したのだ。


「え、なに今の反応……」

「なんでもありませんっ!!」

 なんでもないわけがない。

 わかりやすく動揺した姿。目を泳がせて必死に隠そうとしている姿を見ればそう断言できる。


「今隠したよね……? 綺麗な長方形の箱」

「か、隠してはいません! ただ、その……せ、背中に置いた方がいいのかなと……」

「へえ」

 嘘がつけないシアなのだ。言い訳がめちゃくちゃである。


「じゃあもう一回見せてくれる?」

「わ、わかりました……」

 逃れられないと観念したようだ。

『やっちゃった……』なんて顔をしながら、背中に隠した長方形の箱を差し出してくる。


「あ、これを買うための用事だったり?」

「はい……」

「それなら素直に言ってくれてよかったのに。俺に怒られると思った?」

 ベレトに転生する前、酷く当たってた時期があるために罪悪感のある予想をするも、杞憂に終わる。

 考えてすらいなかったまさかの理由をシアは口にしたのだ。


「と、とんでもありませんっ。こ、これはベレト様にプレゼントするものなので……悟られたくもなくて、素直に言うこともできなくて。えへへ……」

「ッ!?」

「プレゼントのお返しです。ベレト様はお勉強をされていたので、お邪魔にならないように時間を置いてお渡しするために……」

「背中に隠した……?」

「はい。ドジをしてしまってすみません……」

「いや、それはいいんだけど……。じゃあ俺のために買ってきてくれたんだ?」

『コクリ』

 もじもじしながら頷くシア。

 今までの行動に全て納得がいった瞬間だった。


「シア、これ開けてもいい?」

「も、もちろんですっ!」

「ありがとう。じゃあ中を見させてもらうね」

 そうして封を外し、箱をゆっくりと開けば——照明に反射する黒の羽ペンとインクのセットが入っていた。

 いかにも高そうな品を目の当たりにし、シアに視線を送れば『どうですか……?』と上目遣いで確認を取ってくる。


「……」

「……」

「べ、ベレト様……?」

「ッ、あ、ごめん。反応に困っちゃって……。あ、あはは」

「っ、す、すみません! 嬉しくなかったですねっ!?」

「そうじゃないって! そうじゃなくって……本当に嬉しいんだけど、はしゃぐ姿を見られるのは恥ずかしくって。シアは仕事の時間を調整してまでプレゼントを選んでくれたわけで」

「え、えへへ……」

 こちらが照れていることは十分伝わっているのだろう。横髪で顔を隠しながらシアも恥ずかしそうに笑っている。


「俺がシアにプレゼントした時もこんな気持ちだったのかな……。なんて」

「私の方がよいものをいただいて、私の方が嬉しい気持ちでした」

「そんなことないよ」

「そんなことなくないですっ」

「あははっ」

「ふふっ」

 さっきまでの空気はどこにいったのか、打ち解けたように笑う二人。

 反抗してくる箇所がなんとも可愛いシアである。


「本当にありがとうね。これから大事にさせてもらうよ」

「恐縮ですっ! では、私はお仕事に取りかかりますねっ!」

「あ、ちょっと待って」

「はいっ!?」

 勢いよく椅子から立ち上がったシアにストップをかける。


「あのさ、シア。エレナの父君との会談が終わったら、今後についてもう一回相談できる?」

「あ、そ、それは……その……」

 昨日のように『王宮に勤めた方がいい』なんて言葉をかけられると思っているのか、不安そうに目尻を下げた彼女に一言。


「そうじゃないよ。シアとこれからも一緒にいられるように、なんて相談をさせてもらえたら」

「っ、……は、はぃ」

 その言葉だけで伝わったのだろう。

 ぽっと頬を赤く染め、目を潤ませるシアは小さく返事するのだった。

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