第44話 会談の時期

「ふーん」

「な、なに?」

 翌日、普段通りに登校した時のこと。

 その数分後に教室に入ってきたエレナは、こちらを見た途端に綺麗な目を細めながら近づいてきた。


「なにかいいことでもあったのかしら」

「えっ」

「当たってるでしょ?」

「う、うん。どうしてわかったわけ?」

「簡単よ。一人でニヤニヤしていたから。これがその証拠」

「ちょ」

 荷物を机の上に置いたと思えば、ひんやりとした指先で両頬を摘んでくる。そして、上がった口角を元に戻すように下に力を加えてきたのだ。


「ねっ? ニヤニヤしてるでしょ?」

「ん゛」

「ふふふっ、変な顔。ほんの少しカッコいいのにね」

「早ぐ離ず」

「はぁい」

 楽しむように今度は横に引っ張ってくる彼女に促すと、すぐに手を解いてくれた。

 頬を引っ張られていたために濁点がついたものの、しっかりと伝わっていた。


「それにしても唐突すぎない? 顔合わせて10秒くらいで頬摘みコレされたんだけど」

「ごめんなさいね。珍しい表情だったからつい」

 両手を合わせて謝っているが、楽しそうに笑っている。絶対に反省していない。


「なんかエレナにからかわれる時、頬を触られるような気がするんだけど」

「避けようとも、抵抗しようともしないからよ? あなたが。それに口でからかうよりも効果的でしょ?」

「避けても抵抗しても掴んできそうだし」

「嫌がることを無理やりはしないわよ、あたしは。あなたと違って野蛮やばんじゃないんだから」

 と、軽口を言ったと思えば、さらに軽口を重ねるエレナである。


「あ、野蛮なあなただから頬っぺたが硬いのかしら。触る度にずっと思っていたのよ」

「なんだそのとんでも理論は」

「だって実際そうなんだもの。なんならあたしの頬っぺた触ってみる? あなたの2倍は柔らかいと思うのだけど」

「ッ」

 右の頬を膨らませたと思えば、『する?』と促すように人形のように整った顔を近づけてくる。

 毎日のように接しているシアにはない一面。慣れない仕草を受けて思わずドキッとしてしまう。


「……やめとく。エレナを虐めてたーみたいな噂が広まるかもだし」

「あら、知ってたの? 気にしなくていいのに」

「へ?」

「あたしがあなたに脅されているから絡んでいる、みたいな噂が広まっていること」

「は、初耳なんだけど……。なんでそうなってるわけ……」

 エレナにまで悪い噂が飛び火しているとは知らなかった自分である。

 頭を抱えながら深刻な顔を向ける。


「そればかりはわからないわよ。ちなみに、『ベレト様になにもされていませんか!?』みたいな言葉をかけてくれた人が今朝も2人」

「今朝……なんだ。ごめん、迷惑かけて」

「『気にしなくていい』って言ったでしょ? だから平気よ」

「そう言ってくれると気も紛れるけど、面倒臭いことが起きてるんじゃない? それ以外にも」

 確信はない。ある程度の予想で口にしたことだが、当たっていた。


「危機に陥っているだろうあたしを助けさえすれば、好意を持ってもらえる。なんて考えている貴族が増えたくらいかしら」

「なるほどね……」

「そんな下心がわからないとでも思っているのかしらね」

「まあ、それくらい魅力的ってことでしょ。エレナが」

「っ、そんなお世辞は要らないわよ……。下手な口説き文句だし」

「別にお世辞で言ったつもりはないけど」

「ふんっ」

 信じていない、と伝えてくるようにツンとして鼻を鳴らした。


「そもそも嬉しくないわよ」

「嬉しくないって?」

「元々誤解していたあたしが言えることではないけど、あなたのことを誤解しているような人からそんな風に思われても……ってこと」

「ほう、言うねえ」

 自身への正直さが垣間見える発言である。


「えっと……安心しなさいよね。心配の声をかけてくる人にこう返しているんだから。『好きで関わっているんだから気にしないで』って……」

「ははっ、ありがと。その言葉が一番嬉しいよ」

「……べ、別にあなたのことを思って言ったわけじゃないんだから。そこだけは勘違いしないでちょうだい」

「わかってるわかってる」

「ならいいのよ」

 言い終わった瞬間、そっぽを向かれる。

 綺麗に整えられた赤髪が揺れ、ジャスミンの香水が漂ってくる。


「と、とりあえず……あなたにもトラブルが起きたら教えなさいよね。あたしだって少しは協力してあげるんだから」

「助かるよ、本当」

 チラッと視線を向け、また逸らすエレナ。

 素直さ0%の言い分だが、気持ちはちゃんと伝わっている。

 こちらは素直にお礼を伝える。


「……で、結局なんなのよ。あなたに起こった嬉しいことって。気になるのだけど」

「教えてもいいけど、エレナが嫉妬しそうだからなあ」

「やけに引っ張るじゃない。自慢げな顔をしているところ悪いけど、どうせ大した話じゃないんでしょ?」

「いや、そんなことないよ」

 そんな前置きをして、昨日のことを話すのだ。無意識に笑顔になっていることなど気づかずに。


「実はさ……シアからプレゼントをもらったんだよ! 自宅用だから見せられないけど、羽ペンとインクのセットを」

「あらっ、それは確かに妬けるわね」

「まさかプレゼントしてもらえるなんて思ってなかったから本当嬉しかったよ。これからもっと勉強に精を出さないと、って」

「ふふっ、シアのご主人ここにありってところね」

 嫉妬どころか、面白おかしそうに口に手を当てているエレナは言葉を続けた。


「やっぱり生活を共にしていると、似るところは似てしまうのね? シアの自慢の仕方と同じよ、あなた。セリフも表情も」

「あ、あはは……」

「でも納得がいったわ。数日前のことだけど、シアがあたしに質問してきたのよ。『男の人が喜ぶプレゼントに心当たりはありますか』って」

「そ、そうだったの?」

 ここで知るのだ。あのプレゼントは突発的なものではなく、時間をかけた贈りものであることに。


「ええ。あたし以外にもたくさん聞いて回っていたみたい」

「……」

「彼女、今まで働いた分の全財産で予算を組んでたわよ? 『大きな宝石』なんてアドバイスももらっていたみたいだから」

「シアらしいな……本当。って、ちゃんと止めてくれた!?」

「もちろんよ。出過ぎた真似をしてしまったけど、あなたのことだから『金額よりも気持ちがこもったプレゼントの方が喜ぶんじゃない』って」

「ありがとう。その通りだよ」

 全財産を使われたのなら、それはもう申し訳なさでいっぱいになる。

 無理のないプレゼントの方が嬉しいに決まっている。


「正直なところアドバイスには困ったのよ? 普通の貴族、、、、、なら高価であれば高価なだけ喜ばれる、だから」

「ははっ。確かにその通りかもね」

「まったく……。かも、じゃなくてそうなのよ。実際。これだから変わり者は困るのよ」

 ピンク色の口を開き、呆れたようにため息を漏らす彼女だが、琴線に触れたのか優しく微笑んで表情を変えていた。


「……そんなあなたに教えてあげる。お父様との会談の件についてだけど」

「お?」

「来週の土曜日、14時を提案されたわ。13時にはあなたの住むお屋敷に馬車を着かせたいらしいのだけど、平気かしら」

「大丈夫。それじゃあ13時までには準備をしておくよ」

「お願いするわね」

「うん」

 会談の計画もようやく固まったと同時、一つ思い出すことがあった。


「エレナ」

「なによ?」

「あ、ごめん。言いたいこと忘れちゃった」

「ええ? もう……。思い出したら教えてちょうだいね」

「う、うん」


 聞けなかった。

 エレナも見ただろう招待状に書かれていたこと。

『会談の時間が余った場合には縁談の話でもどうですか』

 この内容について。



 そうして、会談を約束した土曜日を迎えることになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る