第42話 ルーナのモヤモヤ②
「えっと、この文字ってわかる? 自分の方でも頑張ってみたんだけど、やっぱり読めなくって……。正確に把握してないと会談の時にズレが出るかもだからさ」
エレナから教えてもらった手紙ではあるが、飛ばして読んでいる部分があったことを理解していた。
手紙を渡しながら、説明をする。
「これは……あなたがいただいた招待状ですか。達筆で書かれていたわけですね」
「そうなんだよね」
「少し目を通してもよいですか」
「もちろん」
「ありがとうございます」
ルーナは一言を入れ、丁寧に手紙を開く。
そうして眠たそうな瞳を少しだけ動かすと、ゆっくり頭をあげた。
「なるほど。綺麗な文字ですが読めない人がいても不思議ではないですね。と言っても読める人がいるわけですから、開き直ってはダメですよ。
いつになく突き放す無表情のルーナだが、心ある説明をしてくれる。
「あなたの立場的では、達筆に触れる機会も多くなるでしょう。この先、苦労しないためにも自ら触れる回数を増やした方がよいですから」
「ありがとう。確かにその通りだね」
「……あなたさえよければ、わたしが達筆を書いてあなたに渡しますが」
「本当!? それじゃあ時間がある日にでもお願いできる?」
「わかりました」
気を遣わせないように、自らこう言ってくれたのはありがたいこと。
この機会を逃さないことにする。
「では、こちらの手紙はどうすればいいですか。書かれている文字をそのまま口にするか、書かれている内容を切り抜いて説明するか、になりますが」
「硬い文章になってるから、要件を切り抜いて話してくれる?」
「わかりました」
返事をしたルーナは、視線を落として両手に持つ手紙に目を向けた。
「まずは挨拶になっていますが、要件には関係していないので飛ばしても構いませんか」
「うん。そこは大丈夫」
最初はエレナから教えてもらった箇所でもある。
「こちらからが本題ですね。まずは
「えっと、深いお話って?」
ここもエレナから教えてもらったことだが、ルーナは独自の見解を入れた。
新たな情報に聞く体勢を作る。
「予想でしかありませんが、アラン・ルクレールが出したプランの問題点を提示し、『あなたならばどのように対処するか』、などですね。力量を確かめようとする
「う、うわ……」
渋い顔をしてしまうのも無理はない。
エレナの父君には自身の行動を全て読まれた過去があるのだ。その事実があるために可能性としては高すぎると感じる自分である。
「頑張ってください。それ以外に方法はありませんよ」
「正論をどうも……」
二の句の継げないありがたいエールに返事をすると、ルーナは再び手紙を読み始める。
「次にエレナ嬢について書かれています」
「うん」
「……」
「ル、ルーナ?」
「…………少し待ってください。読み返しますから」
石のように固まった彼女に続きを促すと、まばたきを多くしながら改めて視線を動かす。
なにがあったのか、眠たげな目を擦ってさらに読み返している。
時間にして1分ほど。
ルーナは動揺を隠すように手紙を閉じてジトリとした目を向けてきた。
「あの、説明は要りますか」
「え、えっと……もちろん」
「わかりました。次にエレナ嬢のことが書かれてまして、彼女は最近、あなたのことばかりお話しているそうです。もちろん褒める方向で」
「お、おお。それは嬉しいな」
「そして、イルチェスタス伯爵……エレナ嬢の父君もその言葉を信じているようです」
「……ん?」
「その経緯もあり、会談の時間が余った場合には
「はッ!?」
いきなり飛び出した『縁談』の言葉に思わず声を大きくしてしまう。
「もちろん本格的なものではないと思いますが。まずはあなたの意見を聞いてというところでしょう」
「……」
「最後に会談日にはあちらから馬車をご用意すること、日時についてはあなたが決めてくださいとのこと。日時については返事はエレナ嬢に伝えること。以上です」
「い、いやいや……」
「『いやいや』じゃありませんが」
「えっと……」
「『えっと』でもありませんが」
「あ、あはは……」
「笑いごとでもありませんが」
言葉にならない状況に陥る一方、ルーナは冷静沈着だった。
「
「……」
「あなた、逃げ場を塞がれていますよ。イルチェスタス伯爵はこのようなことで有名です。『狙ったものは逃さない』と」
「知らない情報だよ……それ。権力がある人のその言葉は怖いんだけど」
「はあ。あなたが悪いんですよ。目をつけられてしまうから……」
初めて見る。ルーナがため息を吐いたことは。
「……」
「ルーナ? なんか睨んでない……?」
「…………」
そう聞き返すも、返事はなかった。
返事をしない代わりに、不満のある目をずっと向けられ続けるのだ。
∮ ∮ ∮ ∮
(本当に最悪です……。あなたが目をつけられてしまうなんて)
(権力はズルいです……)
(奪われたくないのに……)
睨みながら訴える。モヤモヤが積もりに積もっていく。
もしも縁談が上手くいけば、今後、ベレトと遊べなくなってしまうかもしれない。
昼休みに会話できる時間までなくなってしまうかもしれない。
全ての可能性が頭をよぎっていく。
(わたしも、シアさんのようになにか言うことができたら……)
そんな勇気はまだなかった。
本の隙間から少し飛び出た四つ葉の栞は照明の光を浴び、寂しげに反射していた。
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