第41話 ルーナと誤解とモヤモヤと
「あの、あなたはわたしを便利屋だと思っていませんか。会う度にいろいろ相談されているような気がしますが」
「べ、便利屋だなんて思ってないって……」
翌日の昼休み。
図書室の読書スペースに腰を下ろしていた自分は、ジトリとした目をルーナに向けられていた。
「ではなぜわたしにたくさんの相談を」
「えっと……それ言わないとダメ? 一学年上の人間としては恥ずかしい理由になるんだけど」
「あなたは躱すことが上手ですからね。誤魔化しだと判断しますが」
そこで本を手に取ろうとするルーナだ。『便利屋だと思っているのなら読書をしますよ』とのアピールをされ、逃げ道がなくなる。
恥ずかしさを殺して理由を説明する。
「……誤魔化しでもないよ。ルーナは誰よりも
「っ、そうですか……」
「うん」
「そう思ってもらえているのなら……いいです」
窓を見ながら素っ気なく返すルーナだが、本の上に置いた手がもじもじと動いていた。
彼女もまた恥ずかしく感じた一人なのだろう。
「……で、あなたの侍女についてですよね。相談は」
「と、俺が読めない文字……達筆についての解読をお願いできたらって思って」
「わかりました。では、シアさんの方からどうぞ」
コクリと頷いての促しを聞き、本題に入る。
「ありがとう。じゃあシアについてなんだけど、ちょっと遠慮ぐせを直させたいと思ってて」
「続けてください」
「昨日ゆっくりした時間があったから、シアと将来について話し合ったんだよね。王宮に推薦された場合、どうするのかって。可能性としては十分高いから」
「なるほど。推薦された場合に拘らず、あなたの侍女を務めたいと言ったわけですね。彼女は」
「そ、そんなことまでわかるんだ?」
「判断材料はたくさんあるので」
「へ、へえ……」
さすがはルーナである。一から説明をすることなく円滑に相談が進んでいく。
「彼女がそう判断したならば、問題があるようには思えませんが」
「いやぁ、問題あるよ。普通に考えて王宮に務めないメリットがないじゃん? 安定した生活ができるし、箔もつくし、王宮を訪れた地位ある人にアプローチをかけられるかもしれないし、誰にでも務められるような場所じゃないんだし」
「確かに間違って
自然な流れで言われる意味深な『は』にベレトは気づかない。
「でもシアはそんなメリットを蹴ってこっちに仕えようとしてて。それも俺の結婚相手が見つかるまでだよ? そんなことをしたら、婚期を逃すかもしれないじゃん? シアが」
「その可能性もありますね。専属侍女は基本恋人を作れないので」
「でしょ? そんなことになったら、俺がシアの人生を壊すようなものだし……」
「嫌なんですね」
「うん。頭が上がらないくらいにお世話になってる分、幸せになってほしいし、いいところはたくさん知ってるからさ」
「……」
「言いにくい。遠慮がある。気を遣って、とかの理由でこんな道には流れてほしくなんだよね。どうしても」
甘い蜜だけ吸って、最後には捨てる。このような未来は作りたくはなかった。
血は繋がっていないシアだが、家族として見ている自分なのだ。
「それで遠慮ぐせを直させたいとの相談に繋がるわけですね。遠慮していなければ、王宮の推薦を断りはしないだろう、と」
「うん」
「一つ聞きたいのですが、『言いにくい、遠慮、気を遣っている』と判断した理由はなんですか」
「……えっと、これを自分の口から言うのは恥ずかしいんだけど、『ベレト様以上に素敵な方はいない』とか言ってこの先も仕えたいらしいんだよ……ね?」
「本当に恥ずかしいこと言いますね」
「か、からかわないでよ……」
抑揚なく、真顔のツッコミはある意味一番刺さる。
無表情なルーナを前にコホンと咳払いをして気持ちを改めた自分は、再度説明を始める。
「シアはまだ16歳だし、頭もいいんだから、俺に気を遣って言ってるとしか思えなくて。言葉は悪くなるけど、明らかに視野が狭くなってるし」
「これから出会いを重ねていけば、あなた以上に素敵な方が見つかる。王宮へ務めるメリットと見合っていない=気を遣っている、との理論ですか」
「そうそう!」
気持ちを全て言語化してくれるルーナ。
首を縦に振って肯定した矢先、予想だにしないことを言われるのだ。
「あなたを前にして、彼女がそうなるとは思いませんが」
「えっ?」
「シアさんは立派な侍女です。王宮に務めることへのメリットは誰よりも理解していることでしょう」
「ま、まあ……」
「簡単な説明になりますが、王宮に務めることができれば、あなたと侯爵家の印象が王族から上がります。専属の侍女として指導していた過程がありますからね」
シアのことをあまり知らないルーナだが、全てを見通していた。
ベレトと関わり、彼のいいところをたくさん知っていることで。
「さらにはシアさんの頑張り次第で、侯爵家は王族と強い関係を結べるかもしれません。侍女を渡すというのは一種の橋渡しになりますから」
「……」
「そのようなチャンスを断るシアさんですか。わかりやすくするために酷い言葉に変えますが、侍女ができる最高の恩返しを無駄にしようとしているわけですよ」
そのような恩恵があるとは考えてもいなかった。ルーナの知恵のおかげで知ることができた。
「それなら受けないわけがないよ……? シアは」
「であれば、本心であなたに仕えたいわけですね、彼女は。気を遣っているのならば、王宮への推薦状を受けると思いますが」
逆理論を展開するルーナだが、反論の余地はなにもなかった。
「じ、じゃあシアは侍女の立場とか、気を遣ってるとかを抜きにして話してたってこと? 俺以上に素敵などうのこうの……みたいなやつも含めて」
「そうとしか説明がつきません」
「……」
「ベレト・セントフォード」
「は、はい」
いきなりの名前呼びに思わず、面接官を相手にしているような返事をしてしまう。
「あなたからすれば弱々しく、遠慮がちで、自己犠牲に走るような性格に映っている彼女でしょうが、実際は自身の人生に悔いを残さないようにしっかりとした意見ができる女の子というわけです」
「……」
「そして、そんなシアさんが可哀想です。侍女ができる一番のアプローチに気づかれなかったわけですから」
「あっ、やっ……そ、それは……」
「『あっ、やっ』ではありません。可哀想です。侍女だからこその誤解だと思いますが、わたしがシアさんの立場なら泣いていますよ」
ルーナはシアを味方するように眠たげな目を鋭くした。
そして、彼女はポケットに入れている羽型の栞をこっそりと握っていた。
心の中にはモヤモヤが積もっていた。
一人、想いを伝えた人がいる——。その事実を知って。
このモヤモヤをなんとか取り払おうとしていたのだ。
「と、ここでたくさん責めてしまうのも可哀想ですね。あなたが読めない達筆の件について話を変えましょうか」
「あ、ありがとう。じゃあ次の話なんだけど……」
ルーナはまだ知らない。これまたモヤモヤが積もる話になろうということは。
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