第38話 Sideエレナ、鈍感?な彼に

「え、馬車使わなくていいの?」

「あなたが最後まで送ってくれるんでしょ? なら歩くわよ。二人で帰ることって初めてでもあるから」

「そっか。確かにそうだね」

 飲食店にお邪魔したその後のこと。夕暮れに染まる街並みを歩き、ベレトと共に帰路を辿っていた。


「あ、最後の確認だけど、お父様との会談は来週の土曜日でいいのよね?」

「うん。時間はそちらに合わせるから、また連絡をお願い」

「わかったわ」

(来週の土曜日、時間はお父様に任せる……と)

 エレナは心の中で呟き、記憶に刻む。


「なんだか緊張の日々が続きそうね。ちゃんと眠れるのかしらね、あなたは」

「さすがに眠れるって。まあ、今回の件が嫌なわけじゃないしさ。エレナの父君はきっとお優しい方だろうし、真っ直ぐな方でもあるだろうし」

「ど、どうしてそんなことが言えるの?」

 見通したような顔を向けてくる彼に、首を傾けるエレナ。


「エレナは周りと違って階級差別とかしてないでしょ? おそらく弟のアラン君も。それってご両親の教育があってこそのことだからさ。親の姿を見て子どもは育つわけで」

「……な、なんだかむず痒いわね。お世辞を抜きにしてお父様とお母様を褒められることって」

(ふざける時とそうでない時で雰囲気が違うからわかるのよね……。ベレトが本気で言ってるって)

 それはエレナにとってギャップに当てられるようなもの。対応に困る要素……。


「あ、あなたの言う通りよ。幼少期から口を酸っぱくして言われていたわ。『お店で働いる人がいるおかげでこの家系は続いている。だから周りを見下すような真似は絶対に許さない』って。『慕われるような人間になりなさい』って」

「この人についていきたい、って思われるような人じゃないと繁栄はできないよね、やっぱり」

「ええ。正直、あたしの自慢なの。お父様とお母様は」

「そっか。それはいいことだね」

「……」

(どうしてからかわないのよ、そう言うところは……)

 微笑んでいる彼に対し、こう思う。『意味がわからない』と。

 それが正直な気持ち。

 からかわれてもいいことと、からかわれたら嫌なこと。そして、認めてくれると嬉しいことをちゃんと判断しているベレトなのだ。


「ご両親は喜ぶだろうね。今の言葉を聞くことができたら」

「い、今のうちに釘を刺しておくけど、このことを言わないでちょうだいよ。会談の時に」

「ええ? それは約束できないなぁ。この会話をするだけでも距離が縮められると思うし」

「なっ!!」

「当然、口を滑らせる方が悪い」

「ほ、本っ当に意地悪なんだからっ! もうあなたなんか大っ嫌い!」

「あははっ!」

「まったく……」

(なんなのよ。なんでそこでからかえるのよ……)

 手のひらで転がされている感覚。でも、こんなやり取りが楽しくないわけではない。

 むしろ楽しいのだ。


「もういいわよ……。その話題、好きにしても」

「ありがと。助かるよ」

「その代わり、あたしの質問に答えてちょうだい。それで対等だから」

「うん。その質問って?」

 ずっと口にはしていなかったが、気になっていた。話す機会を窺っていたのだ。

 ようやくその内容を聞く。


「え、えっと……ルーナ嬢とどんなデートをしたのよ。包み隠さず教えなさいよ……」

 瞬間、恥ずかしさとモヤモヤが襲ってくる。

 この気持ちを誤魔化すようにジトリと半目にして。


「いや、特別なことはしてないよ。商店街にいって、図書館にいって、ディナーをして。この三つだけだし」

「三つってことはお昼からのお出かけだったの……?」

「そうだね」

「ふ、ふーん。そう……」

 長い時間デートしていたわけではない。

 その情報を知るだけで心が軽くなる。


「まあ、ルーナのことを考えたら午前から遊ぶって親切なことじゃないからさ。慣れない環境で遊ぶわけだから、長い時間遊ぶだけで疲れがたくさん出てくるだろうし」

「ふんっ、確かにそうね」

(ルーナ嬢のこと……ちゃんと考えちゃって……)

 一人だけ楽しもうとしているわけではない。二人で楽しい時間を過ごそうとしている。

 それがわかる言葉。

 羨ましくなるエレナである


「じゃあデート内容に図書館を選んだことも彼女のためなのね」

「一概にそう言えないよ。お互いに楽しめる場所だからさ」

「……嬉しかったでしょうね、彼女は。趣味に理解をしてくれる行動を見ることができて。それもデート中に」

「普通は理解を示すものじゃない?」

「それができない人がいるからこう言っているのよ」

(ご機嫌だったはずよ、絶対。いい人だなって絶対思ったはずよ……)

 女の勘が働く。


「そ、それでなにもなかったの? デート中は……」

「トラブルはなかったよ。ルーナがナンパされたけど、上手に躱してたし」

「そ、そうじゃなくって……イチャイチャみたいなのよ」

「あははっ、そっち?」

「そうよっ!」

(このくらい通じなさいよ……。なんであたしが恥ずかしいことを言わないといけないのよ……。笑われることでもないじゃない)

 顔に熱がこもっていく。彼のにぶさにムシャクシャする。


「恋人間のデートじゃないんだからそんなことはないよ。エスコートするために手を繋いだくらいだし」

「っ! 普通にイチャイチャしてるじゃない……!!」

「いや、そんな雰囲気はなかったって。シアのプレゼントを一緒に選んだくらいなんだよ?」

「あなたのことだから信じられないわよ」

「いやいや、そんなに鈍感じゃないって、俺」

「鈍感な人ほど否定するのよね。なにか法則でもあるのかしら」

「いや、本当鈍くないし」

「ほら! また否定して!」

「いや、違うんだから否定する以外にないって」

「もう……」

(足を踏んづけて目を覚まさせたいわ……。このわからず屋に)

 なんて思うエレナだが、ちゃんと情報を掴むことができた。

 ルーナとのデートはお昼からだったこと。手しか繋いでいないこと。

 この二つを。


 モヤモヤが大きくなるが、思うこともある。

(まだ……いい方よね……)

 恋仲らしいことはしていない。それがわかっただけでも収穫である。


 ——そして。

「ほら、やっぱり気づいていないじゃない……。この鈍感」

「ん? なにが?」

「なんでもないわよ、バカ」

「バカじゃないし。鈍感でもないし」

「ふんっだ」

 ルーナに触発されたエレナは、密かにしようとしていた。

 実際、勇気が出ずに行うことはできなかった。……が、ベレトの顔をチラチラ見ながら、気づかれないように手を伸ばし、彼の手を握ろうと。


 周りの人々はしっかりと見ていた。

 彼女エレナが彼氏らしき男と手を繋ごうと、手を伸ばしたり引っ込めたりするもどかしい光景を。

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