第39話 エレナと悪口

「送ってくれてありがと……。改めてお礼を言うわ」

「いや、一緒に帰ろうって誘ったのは俺なんだから、気にしなくていいよ」

 会話をしながら歩くこと数十分。エレナの住む邸宅に着く。

 今現在、門の前で会話をする二人である。


「って、俺の方こそありがとね」

「ん? なにに対してのお礼かしら」

「コーヒーご馳走になったからさ。本来はお金を払うべきだったんだろうけど……」

「気にしなくていいわよ。お父様が決められた方針だし、あたしが勝手に落ち着ける場所に案内しただけだから」

 当たり前の顔をしてベレトをフォローを入れた矢先、彼女はなにかに気づいたように眉をピクピクさせる。


「……ねえ、あなたのせいで言い方が伝染うつっちゃったじゃない」

「ははっ、それは俺も思った」

「わ、笑いごとじゃないわよ……もぅ」

『一緒に帰ろうって誘ったのは俺なんだから、気にしなくていいよ』

『気にしなくていいわよ。お父様が決められた方針だし、あたしが勝手に落ち着ける場所に案内しただけだから』

 彼女の方がセリフは長いものの影響されたのは間違いなく、笑声を上げられたのが不満だったのか、エレナから手の甲を叩かれてしまう。


「前にも伝えたけど、毎日のように家族にからかわれているんだから。『あなたを婚約者に』って……。こんなところまでバレたりしたらもう……本当にどうにかなっちゃうわよ」

「なんて言うけど、全部エレナが原因でしょ? 『弟を助けてくれた人に求婚』みたいな冗談言ったわけだからさ」

「はあ……。あなたじゃなければよかったのに。アランの相談に乗った人が」

「な、なんだそれ。じゃあ誰ならよかったの?」

 責め入りように紫の目を細めてくる彼女に問う。

 もし答えたのなら、好意を寄せている相手を暴露することにもなる。そんな罠でもあるが、簡単にいなされる。


「ニヤニヤしているところ悪いけど、あなた以外なら誰でもよかったわよ」

「ちょっと待って。誰でもなの? つまり、エレナから見て俺はド底辺ってこと?」

「あ、当たり前じゃない。意地悪なんだから。もし付き合ったりしたらなにをされるかわかったものじゃないんだし……」

「そんな酷いことしないって」

「信じられないわねっ」

 腕を組んで高圧的な態度を取っているも、あちこちに視線を動かすエレナ。

 そんな状態で声を上擦らせながら言葉を続けた。


「あなたをもらってくれる女の子なんていないんじゃないの? 残念だけど」

「そうかなあ」

「そうよ、絶対」

「でもエレナがいるし」

「なっ!? なに言ってるのよ……っ!! あたしから見てあなたは最底辺だって言っているじゃない! ぜ、ぜぜぜ全然好きなんかじゃないんだから勘違いしないでちょうだい!」

「勘違いはしてないって」

 言い返した途端である。

 顔を真っ赤にしながら早口で捲し立てている彼女だが、こちらは反論をしっかり持っている。


「でも、『伯爵家のご令嬢は自身の発した言葉に責任を持たないんですね〜』って最終兵器を使えばね? アラン君はこっちの味方をしてくれそうだし」

「卑怯よ、そんなの……。アランを利用するだなんて」

「まあまあ」

「な、なんだか余裕ようにしているけど、『責任取るわよ』とかあたしが言ったらどうするのよ。困るでしょ? あなたは——」

「別に困りはしないけどなあ」

「——もう少し考えて冗談は言いなさいよ」

「えっ……」

 偶然のタイミングで、言葉が重なる。


「……」

「……」

 そして、一、二秒の無言が二人を包む。


「あ、あなた……。今、『困らないっ』て……」

「言ったよ。まあ、エレナに政略結婚があるように、俺にもあるわけで。顔も知らない人と婚約するなら、親しい人と……って気持ちは十分わかるし」

「……」

「それに学園じゃこわがられてる自分だから、パートナーに選ぶなら冗談を言い合える人がいいしさ。俺たち仲もいいし、なんだかんだ上手くいきそうじゃない?」

「そ、そこで促さないでちょうだいよ……」

 ボソボソとした抵抗をするエレナは、顔を赤くさせたまま鼻を鳴らした。


「ふ、ふんっ。あたしのことを全然知らないあなただから、そんな軽口を言えるのよ。上手くいくだなんてバカバカしいわ」

「と言うと?」

「……構ってくれないと拗ねるわよ、あたし。ほかの女の子と親しそうに話しているだけでも嫉妬しちゃうんだから。こんなところ知らなかったでしょ」

「あははっ、それは大変だ」

 なにが飛び出るかと思えば、乙女らしいカミングアウトに笑いが出る。


「……」

「……」

 ここでまたしても訪れる無言。空気もどこかむず痒いものになる。

 この時、らしくない会話だと遅ればせながら気づくのだ。


「あのさ? なんでこんな話になったんだろ」

「あ、あなたのせいでしょ……。あなたが変なことを言うから」

「なんかごめん。話題にするにはちょっと外れたやつだったかも」

「『だったかも』じゃないわよ。完全に外れてるわよ、バカ」

 落ち着きがないように首に巻かれたチョーカーを触るエレナは、もう片方の手で払う素ぶりをした。


「もう帰りなさいよ……変態。恥ずかしい空気になっちゃったし、そろそろ暗くなるから」

「ごめんって。うん。確かにそうだね。それじゃあ夜も近くなったしそうさせてもらうよ」

「ん」

 雑な別れになってしまうが、会話が会話だけに仕方がないこと。

 手を振って背を向けた時、エレナから最後の言葉をかけられる。


「……この前あげたチョコ、会談の日にはたくさん用意しておくから……」

「お! ありがと。それじゃ、また明日」

「は、早く消えなさいよ」

「うわ、怖い怖い」

「ふんっ」

 今日何度目になるだろうか、理不尽に鼻を鳴らす音を聞き、おどけながらエレナと別れるベレトだった。


 それから。

「……な、なんなのよ。今の……」

 彼の姿が見えなくなった矢先、力が抜けたようにへたり込むエレナがいた。


「な、なんなのよ……。あんな意地悪しちゃって……」

 ドクンドクンと心臓が激しく波打っている。


「これだから嫌いなのよ、アイツは……」

 胸に手を当て、なんとか落ち着かせようとするエレナだったが……あの時の会話を思い出すたびにむぐぅと口に力が入るのだった。




∮    ∮    ∮    ∮



 そんなことをつゆ知らず、ベレトが自宅に到着した時のこと。


「ねえ、シア。ちょっといい?」

「はいっ!」

 その場で答えても特に問題はないが、侍女の教育をされているのだろう、パタパタと急いで歩み寄ってくる。


「ちょっと最近になって思ったんだけど、エレナって俺にだけ口調が厳しくない? 『バカ』とか言ってないよね? 周りに」

「……あっ! それがエレナ様ですからっ」

「な、なんだそれ」

 ほわわんと答えるシア。

 実際のところ、『それがエレナ様ですから』で間違っていない説明である。

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