第21話 ランチの来訪者

「ねえ、ベレト。一人でお食事して寂しくないの? 楽しくないでしょ」

 4時間目の授業が終わり、迎えたランチ時間。

 持参したサンドウィッチを教室で取り出した矢先、食堂へ向かう準備を整えたエレナに鋭い言葉をかけられていた。


「……エレナ。俺のメンタルってそこまで強いわけじゃないよ」

「ま、待って! そんな攻撃するつもりで言ってないわよっ。勘違いしないでちょうだい」

「さすがに勘違いするって今のは。で、言いたいことって?」

 彼女の慌てようを見るに、傷つけるつもりは本気でなかったようだ。


「あ、あたしが言いたいのは、その……わざわざ食べ物を持参してなくてもいいんじゃないの? ってこと。教室でお食事を済ませられる状態を作るから一人になっちゃうのよ」

「それはそうかもだけど、仮に食堂を利用しても状況変わらないと思うよ?」

「なっ、なんでそこであたしのこと忘れるのよ……。付き合うわよそのくらい。仕方なくだけどねっ」

『ふんっ!』とそっぽ向きながらありがたいことを言ってくれる。


「ああ……。じゃあエレナもご飯を持参してくれれば解決するね」

「なっ、なにそれ……」

 自分の行動を変えるわけではなく、相手の行動を変えさせる。そんなとんでも論を言ってみる自分だが、なぜか抵抗されなかった。

 彼女は目を泳がせながらまばたきを早めた。


「あ、あたしを誘っているわけ……?」

「うん」

「えっと、もしかしてだけど……今朝のこと本気にしてないでしょうね。お父様があたしとあなたを婚約させようとしているってお話を」

「いや、それとランチを誘うことってなにか繋がりある?」

「人生の伴侶って言うの? その保険を一人作るために仲良くしておこう、みたいな……」

『裏の理由があるなら今のうちに言いなさい』なんて疑いの眼差しを向けてくるエレナだが、そんなことはもちろん考えていない。いや、考える意味もない。


「いや、そもそも仲良いでしょ? 俺とエレナは」

「っ!!」

「だからそんなことは考えてないし、本気にもしてないよ。……って、え? 仲良いと思ってたのって俺だけ? なら今本当に恥ずかしいこと言ったんだけど」

「べ、別に……あたしも思ってるわよ。それは……」

 先ほどの威勢は途端になくなった。縮こまるように頷いて認めてくれる。

 素直なところは素直な彼女は、次に弁明を始める。


「あ、あたしは『もっと仲良くなるつもり?』って意味で言ったの……。それ以外にないじゃない!」

「そんな照れながら言わなくていいのに」

「あっ、あなた前にもそうやってからかったわよね……! いい加減怒るわよっ」

「ははっ。それはごめんって」

(もう怒ってるような気はするけど……)

 なんて心の声を漏らせば、エレナの機嫌をもっと損ねていただろう。


「はあ……。もういいわ。とりあえず考えておいてあげるから。一週間に三回くらいだけどね」

「そんなにいいの?」

「っ、じゃあ二回よっ!」

「あー」

(今のは言わなければよかった……)

 最初に言われた通り、一人で食べるのは寂しいものである。回数が減ったことは残念でしかない。

 どうにかして元の回数に戻してくれないか考えていたその時だった。


「あ、の……。お、おおおお取り込みのところ大変すみません!」

「え?」

「べ、べ、べべベレト様! ルーナ様がお呼びしております……!」

「え?」

 クラスメイトの一人に(怯えながら)話しかけられる。

 教室の出入り口を見れば、三冊の本を両手で抱えたルーナが眠たそうな顔をこちらに向けていた。


「報告ありがとう。ごめんね」

「あっ!? はい! ししし失礼いたしますっ!」

 そして、要件を伝え終えたクラスメイトはダッシュで逃げ去っていった。

(あの子の耳には一体どんな噂が届いているんだか……。尋常じゃない怯え方だったけど……)

 今の状況を割り切っている分、驚きはないが、ショックはある。


「っと、呼ばれたからいってくるよ」

「う、嘘……。あのルーナ嬢が……」

 エレナが頓狂な声をあげるのも無理はない。ルーナは有名なのだ。

『登校時と下校時以外、図書室からは出てきたことはない。移動時間の全ては読書に費やしている』——と。

 つまり、誰かの教室に足を運び、誰かを呼ぶなんてことも初めてなのだ。

 この情報を知らない在校生は少数で、ベレトもその一人。


「そもそもあなたと知り合いだったの!?」

「そうだよ。って、そんなに驚かなくても。ルーナもここの在校生なんだから」

 そんなことを知らない自分は、そのまま彼女の元に近づいていく。


「昨日ぶりですね。ベレト・セントフォード」

「どうも」

 無表情と一定の声、本は健在のルーナ。


「本日はあなたに用件があったのでこちらに足を運びました」

「お、なになに?」

「すみません。その前に一ついいですか。気になることがあります」

 そう言い終えると、ルーナは首だけを動かしてエレナの方を向く。


「親しいですね。彼女と」

「まあね。仲は一番いいかも」

「……そうですか。彼女が一番なんですか」

「う、うん?」

(なんか声に棘があるような気が……)

 ルーナの場合、表情からヒントを得ることはできない。『まあ気のせいか』として終わってしまう。


「エレナ嬢と家族ぐるみのお付き合いがあるからですか」

「いや、そうじゃなくって教室で会話してくれるのはエレナしかいないからさ」

「意味がわかりません。あなたは優しい方ですよ」

「ルーナ忘れてない……? 俺、悪い噂たくさん」

「……忘れていました」

 小さな声で認め、コクリと頷いた彼女。


「納得しました。今、たくさんの方に見られている理由に」

「なんかごめんね」

「いえ、わたしから足を運んだことなので」

 登下校時間外に出てきたルーナと、悪名高いベレト。

 この二人が廊下で会話をすれば注目されるのは当然である。


「それでルーナの用って?」

「お誘いいただいたことへのお返事です」

「ッ……」

 この時、過ぎる。


『残念ですが、ルーナ様はお遊びになられないかと……』

『簡単にご説明しますと、お遊びになられるよりも読書を好まれる方だからです』

『事実として、『読書に勝るものはありません』と全ての方のお誘いを断っておられます』

『特に男性には『あなたと遊ぶ時間はもったいないです』と、突き放すような言動もあるらしくて……。おそらく何度断ってもしつこくお誘いを受けたからだとは思いますが……』

 困り顔をしていたシアとの会話が。


 もう断られることを察し、気持ちを切り替える準備を始めていた矢先、呆気に取られる返事をもらうことになる。


「——いいですよ。今週、来週どちらでも」

「へ?」

「いいですよと言っています」

「い、いいの!?」

「なぜ驚いているんですか。あなたから誘ってきたことですよ」

「そ、そうだけど、聞いてたからさ。ルーナは遊びの誘いに乗らないって」

「っ、別にいいじゃないですか……。いけないんですか」

「そう言うわけじゃないよ。嬉しいし」

「ならもうその件には触れないでください……」

「う、うん」

(なんか……恥ずかしがってるような……?)

 だが、顔と声は変わっていない。

 ある程度のことでは崩れない防御力を持っているルーナなのだ。


「あの、遊ぶにあたってあなたに一つお願いがあります」

「なに?」

「なかなか理解できないとは思いますが、わたしは休日も読書をして過ごしていたので遊ぶ場所など知りません。ですからエスコートを全てあなたにお任せしたいです」

 少しだけ目を大きくして、ジーッとした強い視線を送ってくる。


「それはもちろん。俺から誘ったことだから」

「ありがとうございます。では、日時についてもあなたが決めてください。わたしは読書以外の用事はありませんので」

「わかった」

「では、用件を伝え終わりましたのでわたしはこれで」

 ペコリと頭を下げたルーナは一歩後ろに下がる。


「あ、ルーナ。最後にちょっと」

「なんですか」

「その腕に抱えている本ってなに? この前オススメしてもらった本面白かったから気になってさ」

「っ、今は教えません。では」

「あっ……」

 キッパリ断り、すぐに体の向きを変えたルーナは早足でトコトコ去っていった。



 この時、腕に三冊の本を持っていたルーナ。

 誰にも見られない位置、真ん中に挟んでいた本はファッションについてのもの。

 遊びにいく日に向けて、この後、休憩中の司書に相談しようと思っていた彼女だったのだ。

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