(五/弐)



 春依だけが店の奥へ戻り、数分して出て来る。

 すると、何やら布に包まれたものを抱えていた。

 グラスを横に置き、統理は興味深く見つめる。出て行けとは言われないので、自分が居ても問題はないのだろう。⋯⋯もっとも、別の意味で暁生から度々言われているのだけど。

 ごちゃっとしたテーブルの上を暁生が片付けて、そこに包まれたものが載せられる。

 春依が、布を取り払った。

「……ん?……」

 統理は身を乗り出した。だけでなく、テーブルに近づいた。じいっとソレを凝視する。


 ……灯り、なのだろう。角灯ランタンだと思う。

 断定できないのは、色々と奇妙だからだ。

 細いフォルムのそれは、持ち手や上下の枠組み、台座が黒く、──あとは

 光源を囲っている筈の硝子ガラスが存在しない。見て分かりにくい程薄いものなのかと思ったが、無いのだ。なので持ち手や枠が浮いているかのよう。

 そして、そもそも光源がない。空っぽだ。


「これは……?」

 春依が答えた。

「これは〈幻夜よあかり〉。夜道に現れるんだよ。人間の前だけに出て来てね、いい人間だったら道案内してくれるんだけど、悪い人間だったら迷わせちゃうんだ。……だよね? 透雨」

「──あ、うん」

 確認の声に、暁生の後ろから慌てて頷く彼女。

「そ、その裁量はいったい……」

 ちょっと理不尽なヤツじゃないだろうか。だって、いいと悪いの判断って……。

「コイツの調子を、なおしてやらなきゃいけないところだったんだよね」

「ふぅん……」

 改めて見てみれば、確かに。

 灯り全体を取り巻く、モヤッとしたものがあるのが分かった。

 ──統理は、邪気が視える人間である。

 もやすすのような見え方で、はっきりとはしないのだけども。

 腕を組んだ暁生が、

「……この感じだと、春依の方か」

「ん、その方がいいだろうな」

 頷いた春依は、そのまま。

 とんとん、と、〝灯り〟に触れた。

 寝た子を起こすみたいに。


 すると、温かな蝋燭ろうそくの火がついえ、また灯されるように──


「……えっ……うわ……!」

 比喩ではない、ともいえるだろう。

 店舗の中に、夜が降りていた。

 プラネタリウムやプロジェクターのような、そこに映し、あらわしたというレベルではない。外はまだ明るいというのに、それが見透かせない暗さだ。

 星らしき無数の光が瞬いている。

 自分達や当の灯りは不思議なくらい見えて──それ以外は無限の夜。

 ⋯⋯急に宇宙に放り出されたら、こんな感じだろうか。

 驚いているのは統理だけだが、とりあえず、非常事態でないのは分かった。

 目を戻すと、春依が〝灯り〟の上に手を置いていて、そっとその瞼が閉じられる。

 フワリと、白い光が〝灯り〟を包んだ。

 ああ──春依の能力ちからの『浄化』かと、もう知っている統理は思った。

 この夜闇で、光はより強く感じる。

 目を細めて見つめているうちに、ゆっくりと、光が小さくなっていき、輝きも弱まっていって──

 そのまま夜に融けるように、儚く消えてしまった。

 一瞬の間。春依のまとっていた空気が和らいで、

「よし」


 ふっ、と、


 ……午後の明るさが戻っていた。

 ぱちぱち瞬きして、統理は辺りを見回すも、数分前の穏やかなしとせ屋店内だった。

 言ってみれば暗くなっただけなので、変わったところが何ひとつないのは当然なのだったが。それにしても、スイッチを押したような切り替わり様だ。

「これでこの件は終了だな」

 春依のその声につられるように見ると、〝灯り〟から靄が無くなっていた。

 そして、その言葉が合図だったかのように。

 すぅ……と、今度は灯りそのものが消えてしまった。

「──ええぇっ!?」

 思わず声を上げれば、春依がなんてことなさそうに。

「持ち主が決まってる訳じゃないし、普段は空間に存在するものなんだよ。アレ」

 性質としてはおとなしい方だよ、と言う彼に、「マジか……」 としか返せない。

 暁生が渋い顔で、

「あの類は代価が取れねえよな……」

「暁生……もうお金にがめついだけじゃない?」

 とり立て屋じゃあるまいし、と呆れる春依。


「そんでお前は……何時いつまで居るんだ」

 話がこちらに向いた。

 むっとした暁生の鋭い視線。座り直してお茶を飲んでいた統理は堂々と手を上げて、

「いや。まだ居るつもりだけど。でも暇っぽいしいいんじゃない?」

「暇とか言うな。依頼の無い人間相手にする程暇じゃねーんだよ」

「……いや、うち、暇だけど」

 閑古鳥鳴きまくってるけど、という春依の突っ込みは聞こえているのか否か。

「それにほら、俺も常連だし。ついでに来るんじゃない常連は大事にしないと」

「お前は常連に入らん。入ってたまるか」

 賑やかに(?)言葉が飛び交い始めた中。

 透雨がおろおろと、二人を見回していた。


  **


 とめた方がいいのかと戸惑う透雨に、春依は、「ちょっとした言い争いだから放っといていいよ」

 あっさり言った。

〈幻夜〉を包んでいた布を畳み、それからなんとなく、まだ言い合っている二人に目を向ける。

 ……まあ暁生の気持ちも分からんではないかな、と首を傾げる。

 大きな要因は、透雨と統理の方とじゃ思ってることが違うから。

 透雨は多分、『』があってから、彼に感謝しているのだろう。

 ──でも、彼の方、それとはまた違うみたいだし。






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