(続)

 暁生あかつきがお盆片手に戻ってきた。

「ん。リクエストにお応えして塩むすび。海苔のりは巻いたけど。……夕飯の方で少しは豪勢にするから我慢しろ」

「十分だって。暁生は手際良いし器用なくせに、雑なんだよなぁ」

「結局 けなしてるだけじゃねーか」

 ひとり二つずつのおむすびは、物置での作業の時間のかかり具合を考えて、予め暁生が朝にご飯を炊いておいた温かいものだ。

「……お茶まで。有難ありがとう」

「この緑茶……深蒸ふかむし煎茶だよな。なんでうち……お茶だけ良いの揃ってるんだ」

「代価でお茶置いてくやつがいるからな」

 ひとり分ごとに載せられたお皿と湯呑みを手に取り、壁際に座って、食べ始める。

 暫くは無言が続いたのだが。

「……なあ、実は外に持ち出されてるってことはないのか」

 ぐいっと流し込むように湯呑みを傾けた暁生が、あちこちで山を作っているモノ達を睨んで言った。

「俺達の知らないうちに?」

「そう」

「でも、資料にはなかったよ」と透雨。「何処かに移したとか、誰かに渡したとか、一言も……」

「資料にないだけとか?」

 そう言われると。透雨とあとしても、重ねて断言はしにくい。これまで数々の資料をもとに対応してきたけれど、記入漏れが全くなかった訳ではないのだ。

「でも……そうなると、ずっと昔に何処かに譲渡したってことになるよ。四体のうち、一体だけを。アレは持ち主を必要とするから、ひとりでに動き出すものじゃないし。それに、あの子は『みつけて』って言ってたから、まだ此処にあるんじゃないのかなぁ……」

 夢のことを思い出しながら、透雨は言う。

「……一緒にいたのにいなくなっちゃうのは、寂しいし悲しいよ」

 ──見つけたい。ちゃんと。

「とりあえず、さ。此処を探しきろうよ。まずは物置き集中、一日で出来なかったら二日目と引き続きになるし、更に二階の方まで捜すかもしれないけれど、俺達基本暇じゃん」

 春依はるいが透雨へ笑いかけ、次いで「良いだろ、暁生?」と振り向く。

「つーか……今頃気付いたけど、二階の方が混沌と化してるかもしれねーぞ」

 ああ……と透雨と春依はやや遠い目になった。手つかずは、この部屋だけじゃない。

 手早く昼食を済ませると、三人は再び作業に取りかかった。



 また手を動かし始めてから、十分程経った頃だろうか。

「──あっ」

 とある箱を開けて、透雨がらした声に、

「あった!?」「あったか!?」

 と妙に食いつき良く二人が覗き込んできた。

 透雨は持っていた蓋を置き、

「この子だよ。──『みつけて』って言った子」

 透雨の夢の中で語りかけてきた子だ。二人は息を呑むように、

「……思ったより大きいな……」

「これ、本当に人形なんだよな……?」

 ──小さな子どもが、膝を抱えて横たわっている。

 敷かれた純白の布の上に。白磁のように清く滑らかな肌、艶のある黒髪とまつげ。身に纏っている服は少しの褪色たいしょくもない。

 そして最も疑わざるをえないのは……縫い目やつぎ目が無いこと。

 入り込んでしまった子どもがそのまま眠っているかのようだ。起こせば動くのではないか。

「制作者は不明なんだけど、月虹蝶げっこうちょうの糸で作られているらしいんだよ」

「……ってあの、満月の晩に彼岸あちらの岸辺で飛ぶという」

「そう」

「……何でお前、知ってんだよ」

「それぐらいは俺も知ってますー」

 透雨はじいっと人形を見つめると、ホッと安堵の息をいた。

「……良かった。秋羽アキハちゃんは何ともないみたいだね」

 春依がぱちぱちと目をしばたたかせた。

「アキハちゃん?」

「この子の名前だよ。〈四季揺籃シキヨウラン〉はその名の通り、日本の四季をモチーフにして作られてるんだ。この子は秋だから〝秋羽〟ちゃん。それぞれ名がついていて。

〈四季揺籃〉は子どもを授かった家に贈られるもので、悪いものから遠ざけてくれるらしいんだ。『春と夏』、『秋と冬』でセットになっていて、春と夏は男の子の人形なんだよ。今うちにあるのは秋と冬だけみたい」

「……透雨は本当に詳しいね……」

 と、春依はハッとした表情になり、

「そうか、じゃあ、彼女が『みつけて』って言ったのは……」

 透雨は頷く。

「で、結局よ……振り出しに戻ったっつーか……見つける方じゃなくて、見つけてって言った方が出てきたんだろ? どうするよ……。また続きからか」

「あ、いや──。大丈夫だよ」

 疲労の滲む眼差しで散らかるようになっている物と箱の山を見た暁生とは、反対に。

 透雨の目は、まだぎっしりとモノで占められている棚と、宙に向いていた。

「どちらか片方でも見つかれば、残滓ざんしを……魂の繋がりを辿っていけば……」

 透雨は目を凝らす。


 実を言うと、透雨と兄達では視え方が違う。

 魂や邪気の視え方が。

 兄達がぼんやりと淡く視るものが、透雨にははっきりと視えるのだ。それから何より──、

 関連したものに伸びる、魂の繋がりが視えるのは透雨だけだ。


 今の透雨の目は、箱におさまる秋羽の白い光──魂から伸びる、細い光を捉えていた。

 透雨は立ち上がり、光円の視える棚へと近寄った。それを、兄達は黙って見守る。

 真ん中の棚の下方。まだ三人が手をつけていないところだった。透雨は手前にあるモノを先に下ろし、奥のスペースを占めていた箱をそうっと取り出す。秋羽の時もそうだったが、不思議と重さを感じないのだ。

「それか?」

「うん……」

 慎重に蓋を開けるのにあわせ、二人も側に寄ってきて、覗き込む。

「……冬の子だよね」

「うん。……冬霞トウカちゃん」

 同じように膝を抱えて眠る、真っ白な人形。

 ゆるく波打つ銀の髪は透き通るようで、レースをふんだんに織り交ぜられた白のドレスはふわりと広がる。

 儚さに身を包む彼女もまた、せてはいない。今にも目を覚ましそうだ。

「……良かった……。これで揃ったね」

「こんな新品みたいな状態なのも、特殊な素材で出来てるからか? ……まあなんにせよ、マジで見つかって良かった……。此処だけじゃなくて二階にもなかったらどうしようかと思ってたわ……」

「暁生ー安心してるとこ悪いんだけどさ、次これら戻す番な?」

「……もうちょっと後で言えよ……やる気失くすだろ……」

 そっち側棚に仕舞うのは暁生だからさ、と突き放す春依の声。それを聞きながら、ほっと息をいた透雨は、冬霞の箱を見ようとして、固まった。

 直ぐそこに、冬霞の箱を覗き込む秋羽の姿があった。

 じっと片割れを見つめた彼女は、透雨へ振り向いた。

 あ、これは、じゃなく──

 あの夜を思い起こさせる、一度の瞬きも無い瞳。人形だから表情は動かないけれど。

 ──驚いている透雨に、声が響いた。

『ありがとう』

 すうっと、その姿は消えてしまった。

 暫く座り込んでいた透雨は、そうっと秋羽の箱を覗いた。……変わらず彼女はそこにいた。身動きした様子は、ない。

 兄達を窺うも、普段通り賑やかに軽口を叩き合いながら棚の方を向いていて、彼女の声が聞こえていたり、箱を覗いていた姿を見たりした感じはない。

 ひとり、瞬きをした透雨は、そっと心の中で呟きを落とした。

 ……よかった。

 彼女の望みを、叶えてあげることができた。

 少しは、兄達ふたりの力になれた。




 ふたりが一緒におさまる大きな箱を、と二階へ探しに行った透雨を見送り。

 片付けていた暁生は、ふと手を止めて、

「……俺らよりよっぽどすげーんだけどな」

 その言葉に、春依が静かな苦笑を返す。

「……まあ、透雨の人見知りは、能力ちからの所為もあるから」

 元々大人しかった子だけども。

 昔はもうちょっと、外に出てきて話せる子だった。

「……それでも、前よりは良くなったと思うよ」

「……」

 三人はそれぞれ異なる能力を持つが。

 あまりに違い過ぎる故に、暁生と春依は、透雨の苦労や辛さのすべてに寄り添えない。

 ──違うから、で済ませるつもりはないけども。

「暁生……話は変わるんだけど……この部屋にあるやつさ、昔の記録と照らし合わせると、いくつか見当たらないの出てくるんだよね……」

「おいおいおい……」





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