(続)
が。
その翌日──
「──え──えぇっ!?」
脱力しかけるのを
「すまんのぅ……」
時計屋、三度目の来訪。
おかしい。これはおかしい事態だ。
明らかに、邪気を消した消せてない以外のところに問題がある気がする。
困惑する春依の横で、やはり邪気の憑いた時計〈
……これまで暁生の
しかし、確実に邪気がある訳で……。
「すまんのぅ……」
と、店舗内横にある、畳敷きの小上がりに腰掛けそう繰り返す時計屋さんは、すっかりしょげかえっている様子だった。この店前の坂を上ったくらいでは揺らがない足取りも、いつの間にか杖を突いている。喋りも随分と力ないではないか。
「自身でも古くなっとることは理解しておる……。そろそろ……その時がきたんかのぅ……」
えっ……!?
「いっ、いえ! そんなことはないですよ……!」
遠くに思いを馳せる声色に、ぎょっとして春依は言う。
「こちらで何か問題があったんだと思います、多分……いや絶対!」
……ここで考えていても仕方がない。
目の前から得られるのは昨日、一昨日と変わらない事態ということだけで、これを更に考えようにも限界がある。──まさか二人ともダメになったとは思いたくない。
「……ちょっと待ってて下さい。調べてきます。──暁生」
「って、ちょ、何だよ……!?」
このお茶どうぞ、と時計屋さんに差し出すと、春依は百八十超えという自身よりムダにでかい
「──おい、何すんだよ……! まだ邪気取ってねーぞ。調べるって──」
「いや──多分このままいくと、延々同じことの繰り返しになるだけだと思う。今日遣ってもまた明日に……ってなる予感あるよ」
「そりゃ消えんのは一時的かもしれねーけど……確かに消せてはいるだろ? これ以上の能力効かせるのは〝魂〟にも響くし、現状はこうやって消していくしか──」
「でも二度もだぞ、二度も! ていうか三度目だし! これ以上そのたんびに時計屋さんに来て貰う訳にはいかないだろ……!」
少し声を大きくすると、暁生は黙った。それはべつに頭にきたからではないのは分かる。
眉根は寄せられているものの、自身を落ち着けるようにひとつ息を吐いて。彼のその様子を見てから、
「俺達からは行けないし。……暁生の能力が効いていないとは思わないけど、時計屋さんに負担を掛けさせる訳にはいかないよ」
「……まあ、ごもっともだな」
「うん、だから、
廊下を進み、和室のひと部屋を開ける。
「透雨、ちょっと良い?」
何やら古めかしい
業務中こうして訊きに来ることは偶にあるので、そこに驚きはない。
とはいえ
「あの時計屋さんの件で……」
春依が説明する。なかなか表に出ることはない透雨だが、日々の仕事の情報は共有するため、このところの時計屋さんの事情は知っていた。やはり今日も邪気が……と簡潔に話すと、
「何でも良いんだけど……何か、思いつくことないかな……?」
「……というか、このまま俺の能力が効かないってなると春依の能力でも駄目だろうから、うちではお手上げってことになるんだが。……事実として言っただけだぞ」
断じて圧をかけたのではない、と暁生の言っている中、じっと俯き気味に考え込んでいた透雨は、おずおずと顔を上げた。
「えっと……〝時計〟のことは知ってる、よね?」
「〈群青の
「たしかアレそのものは珍しい種に分類されてるけど、時計の普通じゃないモノってのは結構あるよな?」
「うん……」
二人の言葉に頷き、
「……じゃあ、針のことは?」
「はり?」
と──そう聞き返した二人の声が被った。
「? 〈群青の瞬〉の針? 壊れてたりする感じはなかったけど……」
「おう。……凝った造りだとは思ったけどただの黒っぽい針にしか見えなかったが……」
「あ、えっと、そうじゃなくて……」
「……? え、〈群青の瞬〉の針って……」
……その時になって、
閉口した二人は、ゆっくりと顔を見合わせた。
「ちょっと待ってね」
透雨は部屋の書棚からある物を持ち出してきた。
全体に傷みの見えるそれは、この世ならざるモノの記録帳だ。メモしたものが記録になっている形なので正式なものではないのだが、書き留められている情報は確かである。
ドン、と机に載る記録帳。
「お前、このきったねぇ字が読めるのか……?」
眉間に
「──これ。あの〝時計〟は確かに〈群青の瞬〉って言うんだけど、アレ、短針とかの針部分もまた別のこの世ならざるモノなんだ」
「え?」
と返す声がまた重なった。
〝時計〟とは別の頁に書いてあって……と説明する透雨の口調に淀みはない。彼女は、家族間では前髪もよけて話せる。
別の頁……と唸る暁生をよそに、透雨が指差す先、殴り書きの字でこう書いてあった。彼女の声がなぞる。
「〈
二人は黙って続きを促す。
「
……段々話が読めてきた。
「てことはその、つまり……、〈群青の瞬〉と〈青蒼の刻〉、それぞれで邪気を取り除かなきゃいけなかった、ってことだよね!?」
「俺が消してたのは〈
腑に落ちたという様子の二人を見て、透雨が申し訳なさそうに顔を伏せる。
「……ごめんね。もっと早く言えばよかったね……」
「ううん。助かるよ。こんな風に俺達じゃ分からないことも多いし」
春依はゆるやかに首を振った。
しとせ屋にある資料は、店に有るモノについてだけでなく、此処には無いが関わったモノの記録も含めて膨大な量にのぼる。正直なところ、春依や暁生ではよく接するモノしか憶えきれていない。
今回だって、二人には〈群青の瞬〉という時計そのものの知識しかなかったため、〝針〟を視るということに考えが及ばなかった。
「……時計屋のじいさんが前回来たのは
ふと、暁生が訊ねた。
春依は透雨と顔を見合わせ、
「結構……前だよ」
「うん……。十年かそこら前?」
「だったら、しゃあねえだろ。……透雨が記録読み込んでなかったら、今頃堂々巡りしかなかったって訳だ」
暁生はニヤリとするように笑う。
──確かに、この中でいちばん記憶力がいいのは透雨だ。
透雨は、それから少し表情を引き締めると、
「コレじゃなかったら、本当にお手上げになっちゃうんだけど……。〝時計〟の方と〝針〟の方でそれぞれ別々に、邪気を除いてみて」
「……結局……振り返ると……」
翌日──。
念の為、と朝から待ち構えている暁生が、箒を手にやや遠い目になっていた。
店内にいるのは、彼だけではない。
「……今回の原因というか敗因は、俺達の知識不足だよな?」
「そうだよな……うん……途中で止めはしたけど、もう堂々巡り状態になってたもんな……」
いつもであれば、「敗因て何と戦ってたんだ」、くらいは突っ込む春依も、今この時は暁生と同じ眼差しになった。
少々奇妙な空気に包まれ、透雨の戸惑いの視線が二人の顔で泳ぐ。
──このところの来店時刻となっていた十時を、ゆっくりと過ぎていた。
今日はまだ誰も来ていない。透雨が珍しく店に出て来ていたのはそれも理由だったが、
「で、でも、無事にうまくいったみたいだし、良かったねっ。これで時計屋さんも安心だねっ」
「安心を失わせるところだった気もするが……まあ、言い訳になるけど、時計屋のじいさんを〝時計の精霊〟としてしか見てなかったからな……」「今まで他のモノは、単体でものを視てそれで終わり、で済んでたから……考えもしなかった。二種類で構成されてたとはね……」
またも、揃って溜息を
「珍しい種だから、あまり知られてないんだよね……」
二人の様子を見守っていた透雨が、頷きながら言う。
「〈群青の瞬〉は元々特定の持ち主を持たないから、伝える人もいなくて、ちょっと変わった時計だって思われることが多いみたいなんだけど……」
──この世ならざるモノの中でも〝珍しい種〟に位置づけられているのは、〝時計〟の持つ特殊な力 故だ。
そう、あの〝時計〟の真価はそこにあるのだ。
「『〝時計〟を使用する者の大切な記憶・想い出を守り続ける』……あの〝針〟でその記憶を固定して、更に守る年月も細かく指定調節できるんだ」
永遠に
……なんて、今ではえらそうに説明できるけれど、春依と暁生が知っていたのは前半までだ。二人で盛大に混乱した通り、〝針〟の辺りは昨日知ったばかりだ。
にしても、それが現在商店街の像に在るというのは、なんとも奇妙なことだが……あの像に余程の思い入れがある者がいたのだろう。
「いやぁ……不甲斐ない……。〝針〟のことを理解してれば長引かせなかったのに……。時計屋さん優しいから終始穏やかに済んだけれど、場合によっては揉め事になってたかも……」
「揉め事っていや、お前一回俺を疑ったよな?」
……あ、そんなことあったな。憶えていたのか。というより根に持っているようで、疑われると思わなかったけどな……とジトッとした視線を向けてくる暁生に、
「あれは勿論、冗談だよ冗談。身内ならではのジョーク(?)というか……大丈夫大丈夫」
「おい、何が大丈夫なんだ。客の前であれ言われたら本気にしかねないヤツ出てくるだろ」
軽く笑って手を振ったのに、針のようにますます細められた目がずっとこちらにぶつけられてくるので、
「まあこれからも気を付けないとね……!」
と透雨の方を向いた。
「改めて記録帳読み返してみるかなぁ……」
「あ、〈群青の瞬〉の頁に〝針〟のことも書き足しといたよ。でも、これ以外のモノの情報も結構分散してるから、分散部分の情報がどの資料の何処に書いてあるか探さないといけないことも……」
「「 え 」」
怯んだ。聞いているだけで及び腰になってしまった。
同じく反応した暁生と顔を見合わせれば。
「……ま、まあ、とりあえず、これで心置きなく他の客の応対もできるってもんだろ」
……全然お客来てないけど。
数日に及ぶことになった時計騒動もこれにてひと安心。
しとせ屋、本日ものんびり営業中です。
*
因みに、時計屋氏は本文中で「終わりがきた…」的な発言をしているが、そんなことはない、この世ならざるモノは特殊な素材でつくられるのがほとんどなので、駄目になることはほぼないのである。あれは気弱になった時計屋氏の思い込みである。
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