第11話 カズトの場合


 今日は、俺の好きなこの時間にコイツと茶か。

 

 昼下がり、男2人がおしゃれなカフェのテラス席に座っていた。スタイルも良く面も目を惹くほどのイケメン2人がまったりとしていた。1人はタバコを燻らし、1人はコーヒーを飲む。

 テーブルにはコーヒー、タバコに灰皿、そして無造作にクリップで止められた紙の束と万年筆が置いてあった。

 そして1人が話し出した。

 「とあるカフェで、いつもの席に座る常連の男がいるんだよ。」

 椅子の肘掛けにひじを置き、足を組み少々ふてぶてしい態度で話を聞く男。

 「ふむ」

 「その男は、どんな人の話でも聞いてその人の困っていることに手を貸すんだ。」

 俺は姿勢を変え腕を組んだ。

 「ふむ」

 話してる男はテーブルに両肘をつき顔の前で手を握る。

 「その男と、ここで出会って話した人たちは実は初めて会うんだけど、なぜかその男を見ると昔からの知り合いのような感覚になって自分の話をしだすんだ。」

 「ほう」

 「実はその男!」

 カズトはテーブルに手をつき、身を乗り出して俺の顔の前まで近づいて言い放った。

 「近い」

 「人間じゃなかったりする」

 ズズッ

 俺は腕組みを解き、こいつの熱い解説をよそにすっかり冷めてしまったコーヒーを手に取った。

 「そこもっと食いついてよ」

 カズトはテーブルに置いたタバコに手をやり、一本取り出した。

 「人間じゃなかったらなんなんだよ」

 「天使」

 「は?」

 「もしくは悪魔。かな。ふふ」

 なぜか得意げな顔をして不敵な笑みを浮かべる。

 「ふーん」

 「えー、すげえ塩反応。面白くない?そそられない?」

 カズトは、んーと言って頭を掻きながらメモ帳に目を落とした。色んな案が書いてあるが、どれもこれも線が引かれてたりバツが書かれてたりしていた。

 「まだ始まってもないのにわかんねえよ」

 「ま、そりゃそうだ」

 アッサリと返す言葉にケラケラと笑うカズト。

 カズトはもう10年も鳴かず飛ばずの売れない作家だ。初めて応募した脚本が大賞を取り、映画化やドラマ化にまでされた。しかしその一本しか恵まれた作品はなく、地道に書くも、他はも一つパッとしない。そんなこいつもここのところ不調続きらしい。

 「俺はよ、このスランプを脱却したいんだよ。なんで?もうあの時の賞金もギャラも使い切って底つきそうなんだよ。他は当てになんねえし。俺は死ぬ寸前なんだよ!ちまちましたライターの仕事よりここが勝負どきなんだよ!やべえんだよ、切羽詰まってるんだよ!」

 「だから近い。そしてうるさい。」

 また詰め寄ってきたのでグイッと肩を押し椅子に座らせた。

 「で、続きは」

 「ああ、それで…」

 話は熱く語られていたが、何一つ頭に入らない。

 こいつのクソみたいな小説の内容より大事な用がある。なぜなら俺は今日はある人に呼ばれているのだ。

 それも最重要人物に。それによっては俺のなりふりが決まる。

 「んー、でもさ、いまいちイメージが掴めないんだよね。」

 知らねえよ。

 「お前さ、このまったりタイムを優雅に俺はコーヒーを飲んでいたいんだよ。お前がそのクソつまらない悩みのおかげで俺は心が休まらねえよ。」

 「優雅な時間を俺と過ごせてるんだからいいじゃないか。なんて充実した時間。」

 カズトはニコニコしながら脳天気にタバコをふかして言った。

 「お前と茶をしてること自体無駄な時間だわ」

 「言うねえ、今日はやけにカリカリしてんじゃないか、血圧上がるぞ。」

 「年寄りあつかいかよ」

 「もう34だぞ俺ら。」

 「不摂生してる売れない作家よりは健康だ。」

 「ひゃっひゃっ。ほんとだな」

 高笑いをするカズトに俺は呆れてため息をついた。 

 「お前俺がネタ提供したら7:3でもらうからな。」

 そう言いながら俺はスマホを取り出し、次の仕事を明日にずらしてもらうメールを入れ、ウェイターを呼びワインを注文した。もちろんカズトはそんな話スルーだった。

 「あれ、飲むの?あ、もうバルの時間か。お前仕事は?」

 「飲まなきゃやってられねえよ。心配すんな。」

 ニヘヘ

 ニヤけた顔で笑うカズトには全く悪びれた様子はなかった。

 「本当にお前は。」

 ワインを運んできたウェイターにカズトは、俺はジントニックと言った。

 「あるんだよなあ、アイデアはなあ。」

 そう言ってるうちはアイデアのアの字もないぞお前。と言うとまた話が長くなるので言わないでおいた。

 俺はジントニックとツマミが運ばれて来ると、カズトに聞いた。

 「お前さ、ないないって言いつつ飯食えてんじゃん。本当に困ってたらずっと前に首くくってたんじゃねえの」

 「怖いこと言わないでっ!そんなことするかよ!まあ正直に話すと俺さ、最近彼女できたんだよねー」

 急に照れて、はにかんでる男を目の前にして俺はげんなりしそうになる。

 「何そのハニカミ、女子なの?」

 「んでさー、彼女俺がまた賞を取るような話書いてってせがむんだよー」

 こうなると惚気だ。七面倒くさい。

 まあ俺と話すことで、頭の中の糸が解けて話がまとまるならいいが。くだらない話は長いが、俺はコイツの話は嫌いではない。意外に色んなことを知っていて話は面白い。けど、小説はつまらない。謎だ。 

 俺はワインを飲み干した。ウェイターを呼び、ウォッカマティーニをステアせずにシェイクでと頼んだ。

 「お、ボンドだね。」

 カズトは俺の注文を聞いてニヤニヤした。

 「うるせえよ、俺の方が先にこの飲み方したんだ。あ、じゃあこう言うのはどうだ?」

 俺はタバコを燻らしながら、とりあえず思いついたことを話し始めた。

 「そいつは元人間だった。しかし欲深い男は、悪魔に魂を売って申し分ない富と名声を得た。しかし、男は次第に全てを無くしていく。また悪魔に願う。しかし悪魔は、また願えばお前はその願いが叶ったら塵のように消えるぞと言う。もう魂以外お前に価値はないのだからその身を燃やすしかないだろうと。

 狼狽えた男は悩み、とうとう泣きながら神の名前を呼んだ。

 神に、許しを乞い助けてくださいと懇願した。

 神は男が許される条件を示した。それは男が地上で人間の助けを求めていることに手を貸すこと。

 何十年、何百年かけて神と悪魔が良しというまで人々の為に生きろと言った。

 男は神に、許されたら真っ当な死に方ができますか?と聞いた。

 神は、お前の魂次第で天国に行けるだろうし、地獄にも行くだろう。チリのようにお前が無になることはない。

 そして男は神の条件を果たすため、何十年、何百年と人を見てきた。そして手を尽くしてきた。

 こんなんでどう。あとは色んな事情持ちの奴らの話書けば成り立つんじゃね。」

 俺は長々と話しすぎてウォッカマティーニを一気に飲みほした。

 「いいじゃんそれ!」

 そう言うとカズトは走り書きしながらメモった今の話の内容を何度も読み返し、万年筆で書き込んだりしていた。

 しばらくの沈黙は、店から流れる音楽と周りの客たちの声がやっと聞こえるほどだった。

 ざっくりだが結構熱く身の上を語ってしまったな。

 俺はまたウェイターを呼び、同じウォッカマティーニのシェイクしたものと、バターロール、オニオンサラダ、生ハムを注文した。

「お前、珍しいね、こんな食べんのなんて。」

 カズトは目線はメモ帳にあったが、注文内容を聞いて言葉が出た。

 「あ、俺はジンバックね。」

 「かしこまりました。」

 ウェイターは食べ終わった皿やグラスを手際よく優雅に下げて行った。

 「生ハムはお前にだよ。」

 「あら珍しい」

 「うるさいよ」

 俺はタバコに火をつけ煙を燻らせる。

 カズトはまだメモ帳に向かっている。時折頭をかきながら。

 「7:3な。」

 「折半だろ」

 「なめんな」

 「えーアドバイザーじゃねえのかよ、金とんのかよ。冷えなあ」

 「身削ってんだよこっちは。」

 「え?なんて?」

 最後の言葉は小さく呟いた。と同時にウェイターが注文したものを運んで来たのでカズトには聞き取れなかった。

 「今日お前の奢りな」

 「えー」

 カズトは運ばれたジンバックをすかさず飲んでいたが、俺の言葉に驚きグラスをテーブルに強く置いた。

 「いや俺手持ちが…彼女に財布握られてんだよ、大蔵省なんだよ。ほら。」

 そう言うとカズトはポケットから財布を取り出し中身を見せた。

 「3千円?お前さ…今どき小学生でももっと持ってるぞ。」

 「あー!ごめん!出世払い!ね!」

 カズトは立ち上がり、手を合わせてながら言った。

 「あ、じゃあちょっとついでに厠にー」

 思わず逃げるカズトだった。

 「うざっ」

 俺はオニオンスライスのサラダを取りむしゃむしゃと食べ始めた。

 なんだ?久々にこんなスッキリとした感情になったな。なんでだろう。いつもはこんな風に気持ちが高まらないのだが。

 ああ、あれか。身の上話を誰かにしたからか。

 俺はフッと笑いフォークを置きウォッカマティーニに口をつけた。

 「お前さ、この話ってもしかして…」

 カズトはベルトを直しながら帰ってきた。

 「直してから帰ってこい。」

 へへっと笑うカズトは続けて俺に言った。

 「これ、もしかしておまえだったりして。」

 席に着くと、今までのヘラヘラした顔ではなく真剣な面持ちで俺をじっと見てきた。イケメンが2割増しで眩しかった。

 3秒ほど間が空いたが

 「んなわけあるかい。」

 と言う白々しいツッコミをしてみた。

 「だよねー」

 またカズトはヘラヘラした顔に戻り、ケタケタと笑った。

 気づけば周りの女の客達が一瞬その神妙な面持ちに惹きつけられたが、ヘラヘラ顔に戻るとあっという間に女の客達の視線が引いて行った。

 「お前は一生ヘラヘラしてた方が過ごしやすいと思うよ」

 「どう言う褒めかた?」

 「褒めたと捉えたか。」

 アッハッと声を出して笑ってしまった。

 「いやーお前も笑うんだな、良かったよー!あ、ここ、ピザひとつねー、マルゲリーター」

 「アリゲーターみたいな言い方すんな」

 2人の夜会はまだまだ続くようだ。

 

 「あいつは馬鹿なんでしょうか。言っちゃってますよ神様。」

 2人の光景を見ていた神と悪魔が話していた。

 「それも意味があるだろう。ほら、あの子が笑ってる。90年ぶりに笑ったじゃないか、良しとしよう。今日はあの子に大切な話があったがこっちも大事な事だからまた次の機会にしよう」

 「神様がしたいようにしてくだされれば俺は構いませんがね。まだ仕事させるんですか?あいつもう十分心入れ替えてますが。」

 「時があるのだ。」

 

 最後の生ハムをペロリと食べ、サラリとカズトは俺に言った。

 「お前、えらいね。」

 「は?」

 今日は不意の言葉にやられる。誰も知らない俺の長い時間を少しでも知ってくれることが、こんなに心が嬉しく感じるとは本当に忘れかけてたことだった。

 「ねー、お前の名前使っていい?」

 「馬鹿かお前は。」

 思わず吸ってたタバコの煙をカズトに吹きつけた。

 「煙たっ、いいじゃねえかよー」

 イケメン2人の周りには、女の客しかいないそんな夜のバルにて。

 微睡んだ男がいつもここにいる。

 

 完

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LOVEで世界は回ってるんだなと感じた昼下がりのカフェにて。 伏見 @fushimi-a

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