第9話〜ミハルの場合〜

〜ミハルの場合〜

 

 手、荒れちゃってる。ハンドクリーム、塗ってあげるよ

 

 街路樹の葉が暖かな色に色付き、地面は黄色や赤い絨毯が敷かれたような、そんな季節。

 

 テラスもそろそろ寒くなってきて、外用の大きなストーブが出されていた。

 

 冷えてきたので、俺の手も冷たかった。冷たいのはいつもだが。

  

 俺の手にクリームを塗ってくれている男。

 

 クリームを塗るという名目で、俺の手を甘ったるく触る。

 

 そんな彼は、絶賛片思い中だ。俺に。

 

 そして、俺がそのことを知っているのを彼は知らない。

 

 ねえ、昨日取引先に一緒に行ったでしょ?僕が帰った後、先方さん反応どうだったぁ?

 

 いいんじゃない、お前の出したデザインにすごい喜んでたし、多分それで決まるんじゃない。連絡あったらすぐに言うよ。

 

 俺は今回の仕事を幼馴染みのミハルに依頼した。

 

 今回だけでなく、ちょくちょく仕事を振るのでミハルの会社は人気のデザイン会社に成長した。

 

 ありがたいんだよぉ、こうやっていつも大口の仕事振ってくれて。仕事なかった3年前に比べて今じゃすっかり会社育って大きくなったし、ほんと幼馴染みには、感謝しかないよぉ。

 

 お前のデザインがかわれてるんだから、お前の力だよ。

 

 んもぉ、そんなこと言ってぇ、優しいんだから。

 

 ミハルは甘ったるく答え、俺の肩にひたいをのせた。

 

 重いって。

 

 ふふん。

 

 そういえばさ、今日ミナミ君がさあ…

 

 ミナミくんとはミハルの目下交際中の彼氏のことだ。

 

 僕の誕生日祝ってくれるみたい。夕飯はホテルのレストランでフランス料理だよぉ、僕初めて。楽しみなんだぁ。

 

 ミハルはニコニコしながらカプチーノを飲む。

 

 ほら。

 

 俺はポケットから箱を取り出し、テーブルにおいた。

 

 なあに?これ。

 

 誕プレ。

 

 えぇ?!ほんとぉ!やだ嬉しい!

 

 かなり大きな歓喜の声は、テラスの外に面した通りの人たちにまで届き、ミハルの方に振り向く。

 

 でかいから。

 

 うふ、嬉しくてつい。なんだろ〜?

 

 ミハルはその小さな箱を手に取り、リボンを外し箱を開けた。

 

 わぁ!

 

 そこには知恵の輪が入っていた。とは言うものの、昔の簡単なものではなく、かなり難易度の高そうなものだった。

 

 なんだかカワイイ〜

 

 子供みたいで嫌か?

 

 ううんー全然そんなことないよー

 

 ミハルは、早速その錠前のような形の鉄の塊を、カチャカチャとひねってみたり、押したり引いたりした。

 

 あら、結構難しいわね。

 

 こういうのって部屋に飾っててもオシャレに見えるから。

 

 ほんとね。けど、やり始めるとムキになりそう。

 

 こう言うのは頭を空にしてやるもんだよ。

 

 ミハルは結構な時間没頭してカチャカチャやっていた。

 

 あまり長いんでカプチーノもすっかり冷めてしまった。

 

 お前さ…

 

 ん?

 

 やっと顔を上げて俺をみた。

 

 なあに?

 

 お前のそういう、周りのこと忘れるくらい没頭するその顔…

 

 俺は、ミハルの耳元に顔を近づけささやいた。

 

 好きかな。

 

 ミハルの耳が一気に赤くなった。

 

 じゃあ、俺先行くわ。クライアントに会う約束あっから。

 

 ぽかんと呆気に囚われているミハルをよそに、俺は立ち上がり伝票を掴んだ。

 

 あ。

 

 プ、プレゼント、ありがとう。

 

 ミハルは頬がピンクに染まっていた。笑って大きく手を振って俺を見送った。

 

 ま、今日くらいはいい気分にさせたってバチは当たらないだろ。

 

 あ。

 

 タバコ置いてきたな。

 

 完

 

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