第8話 〜サトミくんの場合〜


〜サトミくんの場合〜

 

「えー?パチスロで13万勝った?めっちゃ羨ましー」

 

 俺が朝カフェに来てみると、カウンターでウェイターとウエイトレスの若い子たちが話をしていた。

 

「おはよう。なんの話?」

 

 俺は珍しくカウンターに座りその話の輪に入った。

 客はまだ開店したばかりなので数人しかいなかった。

 

「あ、いらっしゃいませ。聞いてくださいよ、サトミくんが、おとといギャンブルで儲けたらしいんです。」

 

 ニコニコして俺に話してきたのはウエイトレスの女の子だった。

 

 俺はカフェオレを頼み、ポケットからタバコを出そうとした。が、

 

「あ」

 

 店内は禁煙だということを思い出し、またポケットにしまった。

 

「13万か。なかなかの小遣いじゃん」

 

ウェイターの彼はサトミくんといって、客商売には向いていないほどの無表情の青年だった。

 

 しかし、高身長にクールなマスクの彼には、密かにファンの客たちもいるようで常連さんがこの店には多かった。

 

「オレ昨日奢ってもらっちゃった、悪いね」

 

 カウンターの中でカフェオレを作ってた先輩のウェイターがニヤニヤして言った。

 

 すると女の子は、えー!と悔しがった。

 

「私も誘ってくれたら良かったのにー」

 

 女の子はそれでも終始ニコニコしていた。3人で話すのが楽しいようだ。

 

 いや、どちらかというと、サトミくんと話すのが楽しい感じだなこれは。

 

 彼女、本音は照れて冗談まじりにしか言えないようだ。

 

 朝の忙しくなる時間だが、ぽっかりと客足が途絶えたので、3人はまだ話しをていた。

 

 俺はなんとなくそばにいるが、新聞を広げ聞いてない振りをした。

 

「今度ほんとに奢ってよー」

 

 サトミくんが、イイっすよとクールな声で答えていた。それを横目に俺は、やっぱりいつものテラス席へ移動することにした。

 

やはりカフェオレを飲みながらタバコが吸いたい。

 

 彼女はサトミくんの返事にやったーと嬉しそうにしていた。相変わらずニコニコと笑顔で。

 

 客足が増えてきた。3人は話しもそこそこに仕事を始めた。

 

 ―次の日、朝。

 

 また早めに出てきたので客がまだ、まばらだった。

 

 昨日の話をまだしていた3人。どんだけ誘ってんだよ彼女…。

 

 もうねえだろ、そんな泡銭。と、ピュアそうな彼女には言わないでおいた。

 

 一方サトミくんは、そんなしつこいような話でも嫌な顔はしてない様子だった。

 

 案外アリなのか。

 

 

 ――サトミ目線―――

 

 彼女は、今日は機嫌が悪いようだ。

 

 同じカフェで働く彼女。ちなみに俺の彼女じゃない。

 

 彼女はいつもコロコロと顔色がかわる。

 

 たしかに人は日々気分が違うだろう。表情なんて、一瞬にして色々変わるもんだ。

 

 俺は表情変わるほど気分もさほど上がり下がりはしないが。


 今日はなんだか深刻な顔をしながら仕事をしてる。

 

 だから朝もちょこっと遅刻してくる。そして、マスターに眉間のシワを注意される。

 

 この間は、おはようの挨拶も声だけ残して俺が彼女の方を向いた時にはもう既にいなかった。

 

 俺は別に彼女のことが気になるのではなく、ただなんとなく、気がつけば観察してたりする。

 

 いや、俺にはないバイタリティの塊に、観察せざるを得ないのだ。

 

 あるときは、休憩室で恐ろしく大きな声で笑って、ほかの女の子とそれはそれは楽しく話してたりする。

 

 そんときはその声にうざかったりもするが。

 

 俺が先輩に、スロットで13万勝ったって話しをし、その日飲みに行った。

 

 次の日、先輩が彼女にその話をしたら、私も誘ってよーと言ってきた。

 

 俺はへへっと笑ってごまかす。彼女も、もーといいながら笑っていた。

 

 次の日も、話題はまだそれだったので、俺も別に「いいっすよ。」と軽く答える。

 

彼女はその場の空気で喜んではしゃいでいたが、やっぱり冗談にとったようだ。

 

 そんな飲みに行くくらい、大したことないのにな。

 

 3日ほどたって、おごっておごってとあいかわらず話題はそれだ。

 

 そんなに行きたいのか。じゃあいつがいいのかな?

 

 仕事が終わって彼女がお疲れと言ってきた時に

 

「いついきます?」と彼女に聞いた。

 

「え?」

 

 彼女はちょっとびっくりした顔をし目を瞬かせた。

 

 あ、顔赤くなった。

 

 ほ、ほんとに?じゃあメールするよ。

 

 なんだ、簡単なことじゃないか。この不毛な会話を終わらせれるのは、俺から言えば良かったんだ。

 

 ホッとして、家路へと向かう。

 

「あ」

 

 サトミくんは、道に落ちてた五十円玉を拾った。

 

「ほんと、泡銭ばっかよく見つけるなあ、俺。」

 

 コンビニに寄り、ウィダーインゼリーをレジに持っていった。

 

 チャリン

 

「ありがとうございます」

 

 サトミは、レジのそばにある募金箱にさっき拾った五十円玉を入れ、店を出た。

 

 

 夜の心地いい風に吹かれながら、テラスでのんびりとしている俺のテーブルに、マスターがグラスワインとツマミを運んできた。


「サトミくんと彼女、今頃飲みに行ってますよ」

 

「なげーよまえふりが。あれだけアプローチされて鈍感すぎんだろサトミくん」

 

 マスターは笑いながら、そうですね、もどかしいのもアリなんじゃないですか。と言い店の奥へと戻った。

 

 俺は、あれが青春かと呟きタバコを燻らせた。

 

 完

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