第5話 〜ヒジリの場合〜

「頭痛い…」

 

 フラフラした男がカフェに入ってきた。

 

 ざわついてる店内に俺は気付き、ざわめきの方に目をやるとヒジリという男がこっちに来ようとしていた。

 

 ヒジリは、体温計を咥えながら俺の目の前の席ついた。

 

「おい、タバコかと思ったら体温計か。フラフラじゃないか?どうしたんだ?」

 

 咥えてた体温計は、ここに来る前にドラッグストアで買ってきたのだと言う。

 

「帰れお前」

 

「お家いたら死んでも誰も気づいてくれなさそうだからさあ…」

 

 そういうとテーブルに突っ伏して体温計を俺に見せた。

 

「39度…ザ高熱だな。なんだ風邪か?うつすな。」

 

「なんだよー助けてよー、いたわってよー。昨日の雨の中、ずっと張り込んでてびしょ濡れだったんだ。しょうがないだろー」


 ヒジリは新人の警官だった。

 

 ウェイターが来るとヒジリはカフェオレひとつと、人差し指を弱々しく出して注文した。

 

「よく飲めんな、帰れよ」

 

もしこのまま倒れたら俺はこの図体のでかい男を担いで家に送らねばならない。

 

 救急車を呼べばいいだろうがそれも大ごとで面倒くさい。

 

「しかし、なぜこんなにも熱があるのにスーツなんか着てんだ?今日日曜だぞ。結婚式でも行くのか?」

 

 スーツを着てるその容姿はモデルのようで2枚目だ。周りが注目してしまう。

 

「今日はあの子と初デートなんだよ。ドタキャンなんてありえないよ」

 

 その熱で行く方がデート相手に不快を与えてありえないのではないか。

 

「体調良くないからって言って日改めてもらえよ」

 

 熱っぽい頬を赤らめ、儚げでアンニュイな顔をしながら艶やかで綺麗な髪をかきあげ、カフェオレをすすった。

 

 その光景はとても色っぽく、周りがますますヒジリに注目した。

 

 お前、周りのご婦人たちを妊娠させる気か、と言いたかったが、

 

「お前は病んでるとマシマシでやばいな」

 と、言ってみた。

 

「どういうことだよぅ」

 

 本人は自分の美貌に関心もなく、鈍感なので周りのことは目に入らないらしい。

 

「しかし、デートに黒づくめのスーツ?ホストじゃん」

 

「ちゃんとした、いい服って成人式の時に着たこれしかなくて。あとはボロいのばっかだもん」

 

 仕事が忙しくて、時間もなく買いに行けなかったのだとか。

 

「職場、制服だったな。」

 

 俺はプカリと煙を燻らす。

 

「ねー、この熱そっこーで下げる方法ないの?」

 

 冷たいテーブルに額をつけているヒジリ。

 

「薬飲んで安静が最短の近道。」

 

 嘆くヒジリをよそに俺は、彼の家に1時間後に、体に優しい食べ物セットを届けるようにとデリバリーにメールを送る。

 

「彼女なんだっけ?チカちゃんか?お前んちに来てもらうようにしてもう帰りな。デートやめんの嫌なら、うちデートもいいんじゃね?」

 

「えーだって初めてのデートだよ、外に行って楽しみたいもん」

 

 ヒジリは口をとんがらせ不満げだったが、しかし悪化する熱に、これでは彼女に申し訳ないと思ったらしくその通りにすることにした。

 

 カフェオレを飲み干し、またフラフラになりながら、じゃ。と俺に手を上げて店を出て行った。

 

どんな時も会いたいとか。しかし彼女もお前の熱で熱くなるだろうな。

 

まさか俺まで熱が出ないだろうな…仕事にならんだろうが。

 

「すいません、ホットジンジャーティーをひとつ」

 

 完

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