ヒトノイド・弐噺【面妖の人形と縁を結び切る幼女】

ジリジリと小煩く騒ぐ目覚まし時計の頭をポンと叩いて黙らせる。

昨日までさして狭いと感じなかった薄布団が今日は特に肌寒いと感じるのは気

の迷いではないらしい。

年の割には引き締まっていると信じて疑わない跳鯊の腰辺りに腕を回し小さな頭を

乗せてすぅすぅと寝息を立てて眠るヒトノイドと称される人形擬体の鬼燈。

細く小さい腕を親代わりの跳鯊の体にしっかり回し身を寄せれば体温も

伝わるだろう。

問題はその脚で布団を蹴って飛ばし捲り上げてる事である。

一言で言えば鬼燈はどうやら寝相が悪いらしい。とてもとても悪いらしい・・・。


「鮭の塩焼きじゃないの・・・。朝から牛丼はお腹に重いの。でも食べるの」

「これしかなかったんだ。二人分となると鮭の塩焼き確かに定番であるが、

しかし人種以上に食通なんじゃないか?鬼燈って」

「当たり前なの。朝の食事は一日の基本なの。父者様。手抜きは良くないの。

愛情の籠もった食事を作れないと貰い手がなくなるの。

ちなみに嫁ぐのは良くないの。それはヒモって言うのだから。

とても怠惰でだだらしないの。」

「貰い手ってなんだよ。嫁に貰われるとか変だろ?嫁ぐのも可怪しいぞ?

誰がヒモになるんだよ?」

「はっ。失礼したなのです。父者様。貰われる甲斐性も。

嫁ぐ甲斐性もなかったのですね。

そうすると妾様に成るとか?艶街の裏路地で立ちんぼとか・・・」

「こらこら。大人の事情を知りすぎてるぞ。最近の子供はませ過ぎだな。

それにしても色々知ってる。鬼燈は」

「えっへん。なのですの」ヒトノイドであれば色々余計な事も知識として

詰め込まれているのだろう。

それでも少し偏った知識でもあるかとも思える。


「ご馳走様で御座いますの。恵みと愛情に感謝です」

腹に重いとごねたが小ぶりの飯椀でしっかりと二杯の牛丼を腹に収めペコリと

頭を下げる。

「お粗末様でした」独り身ではあえて返事を返す事もないだろうが

それが二人となれば礼儀とする。

自分の飯椀と皿を台所の水場に返した鬼燈は帰り際にピタリと脚を止めた。

ズルズルと御茶を啜る跳鯊が戸口向こうの気配を察して部屋奥に視線を送る。

奥隅に隠れて居なさいと言葉にせずに告げるとコンコンと戸口扉が叩かれた。


昨日。雑居ビルですれ違った情婦かもしれないと頭によぎる。

旨く誤魔化せたとするならばそれは運が良かっただけなのかもしれない。

「は~~~い。今、出ますので」

成るべく自然な声を上げ畳床から立ち上がり戸口に向かう途中で何かないかと

辺りに眼を配る。

もとより一人寡婦の言葉宛ての職人の住まいだ。

武器と呼べるものなどろくに或るはずもない。

こうなったら少年時代に親に無理矢理通わされ覚えた古武術殺法だけが頼りだ。

当然。腕は錆付き技もうろ覚えで或る。それでも今はそれに頼るしか道はない。

「お待たせしましたぁ~~~」腰の後ろに拳を固く握りしめ、事に控えて構える。

背の高いと言う事はその視界も結構高い位置だ。

構えた拳を振り上げようとしたその時。

その視界に何も映らない。普段戸口を出た時に見えるそれと同じ風景だ。

果?と間の抜けた感覚に囚われ視線を堕とす。

「六鏡世界厄災事前回避共同組合・お荷物配達管理課。

第三鏡世界帝倭ノ帝国地区担当モンチャミ・ピピン・シグで御座います。

道筋噂徳様の追加依頼でお荷物を御配達に来ました」

「ああ・・・ご苦労さま・・・。って。う・・・兎。ウサギさん?」

荒事に成ると思って身構え視線を落としたその先には二本脚で立ちふわふわの

毛手で箱を持つ一羽の兎。

素頓狂な跳鯊の声を聴いて部屋奥から鬼燈が顔を覗かせる。

「兎人で御座います。ハイ。確かに。それがどうかなさいましたか?」

丸い頭に二本の長耳をピョコンと立てる。

「うぁ~~~~~~。可愛い。可愛い兎さん~~~」

ヒトノイドの機能を出し惜しみせずに結構な距離を跳ねいきなり

兎人の配達人モンチャミに鬼燈が抱きつく。

「御客様。ちょっと。お待になって・・・ぐえ。」

渾身の力で抱きしめられ文字通り窒息し掛けるモンチャミ。

まるで欲しかった玩具を与えられた子供の様にはしゃぎそのままブンブンと

振り回し部屋の奥へと引き釣り込んでしまう。

「色々と突っ込みたい所が或るのだけども。先ずは離して差し上げなさい。鬼燈。

ほら。白目剥いてるぞ。責めて少しは力を抜いて上げなさい。」

自分の子供を扱うように少し強めに諌める跳鯊。


新しい玩具を手に入れたのに咎められるとむっとしつつも仕方なく

兎人・モンチャミの首を離す鬼燈

「もう少し大人しくしたまえ。鬼燈君。・・・例の覆い顔の怪人に会ってなければ

腰を抜かす所だが」

「毎回で御座います。この地区の担当に成ってから

荷物を届ける度に毎回ひどい目に合うのです。驚かれるならまだしも。

殴られたり奇妙な棒で叩かれたり。しょっぱい粉をぶつけられたり。散々です

もしかしてこの地区には兎人とか亜人とか居ないのでしょうか?」

鬼燈に首を閉められ振り回されたお陰でボザボザに逆だった体毛を丸っこい手で

撫でて整えながら聞き返す。

「う~~~ん。僕も襲いかかろうとしたしなぁ~。

人様の事は言えないのだが・・・。

この世界には兎人の其の言葉は初めて聞くし、恐らくは居ないと思う。

敷いて言えば妖怪とか化物とかくらいかな?」

「失敬な。妖怪化物などと一緒にしないで下さい。とは言えお仕事で御座います。

憔悴しつつも無理に気合をも入れたのだろう。

それまでだらりと垂れていた長い耳をピンと立てモンチャミは床に

転がったままの二つの箱に手を伸ばす。

「こぶりな箱が旦那さん様で御座います。こちらは必要な物が常に入ってます。

大きい方がお嬢ちゃん用でございますね。

常に入り用物が入ってるということです。」

「必要な物と入用な物?何処が違うんだ?」

床に胡座を組んだその前に差し出された箱に手を伸ばすとその頬に鋭い視線が

チクリと刺さる。

隣向かいに自分用の箱を前にきちんと正座する鬼燈が跳鯊を睨む。

「ああ~~~。開けてよろしい。鬼燈君。」

許可が降りると待ちきれぬとばかりに膝を立てガザこそを箱の中身を取り出す。

何の変哲もない箱の梱包を丁寧に開けて中身を取り出すとそれは鞄である。

一言で言ってしまえば巷で流行りのボディバックとでも言うのだろう。

少し長めの皮帯に暗茶色の四角い鞄。流行りの物とは違い一回り大きく

収納量が多い。

「うわぁ~~~。可愛い。ピンクなの。ピンクのリュックなのぉぉぉ~~~」

甲高い悲鳴にも似た歓喜の声を上げ他鬼燈が大きめの箱から小さな手が

取り出したのはピンク色のリュックだ。

くるくると頭の上で回し確かめるとすぐにジッパーを開けて中に手を入れる。


「僕に必要なものって何だ・・・?大きめと言ってもそんなに物が入るとは

思えないけど」

ガサゴソとリュックから雑多な物を取り出し畳の上に並べだす鬼燈。

ボデイバッグの中に手を入れ弄り最初に取り出したのは奇妙な形の古い機械だ。

「お。これは懐かしな。ちょっと形が違うけども」

すっぽりと手の中に収まる機械は古い時代の産物で言わばポケッット伝言器だ。

今の時代では使う者など居ないだろうが一昔前までは生活の必需品でまる。

所謂、電話のボタンで言葉を作りそれを受けてのポケッット伝言器が受け取る。

単純で短い文章しか送れないが当時の生活には欠かせない者である。

「と?言っても。これってメッセージを受け取るだけだよな?誰が送って

よこすのだろうか?」

「必要な時にきちんと役に立つ物が入っているのでちゃんと役に立ちます。

美味しゅう御座います。これ。」

いつの間にか跳鯊の部屋の冷蔵庫から缶入り桃を勝手に取り出し刺匙で突きながら

モンチャミが告げる。

「そうなのか?これはなんだろう?」

二個目に取り出した物は見覚えも馴染みもない代物だった。

冊子と言われればそう見える。縦に長く知識をめぐらせれば、

それは短冊を幾枚も纏め表紙を付けた物と知れる。

白い表紙に黒墨で大きく書かれる梵字一文字。あまりに達筆であり跳鯊には

読めない。

「縫いって読むのです。父者様は時々、お馬鹿さんなのです。

でも作るご飯は美味しいのです」

リュックの中から取り出した品々を丁寧に並べ吟味しながら跳鯊が持つ短冊を

見もせずに言う鬼燈。

「これが【縫】と読むのか?何処で覚えたんだ。後、馬鹿ではないそ。

鬼燈が聡明すぎるのだ。

それにしても短冊冊子なんて必要な物なのか?古風だよな?」

しっくりこない感じであるが表紙がついていれば捲りたくもなる。

捲った先の一枚目の短冊には何も書かれてはいなかった。

指で摘んで二枚目をめくる。そこも又、白地の紙と成る。

期待した何かは全くなく興味を失うが、最後にもう一枚だけ捲る。


世界が変わる

先の二枚には何もなかったが。三枚目のそこには世界が合った。

何処かの街だろう。似てる場所を探せば妖しと情婦が住まう艶街のそれだろう。

朱と黑を貴重とした風景の中に或るのは親羽開いた番傘番傘。

雨の中に広げられるわけではないから日傘代わり粋を求めての事だろう

縦に後ろに見える風景は派手塗られた柱と梵字看板。艶街に似てるし何処かの

情婦街に違いない。

手前には朱色の客椅子板が置いてある。

その上に一人の女性が描かれる。

黒く長い艶髪をきちんと結い上げ手前の上は七と三にきちんと分ける。

今風に言えばアンシンメトリーと言われる髪型でわざと左右の長さを不揃いにして

色気を誘うものだ。

長く綺麗な睫毛を乗せ半目を伏せる切れ長の瞳。すっと流れる細い鼻筋。

明らかに厚ぼったい艶光る唇。

わざと背を少し丸めてるのは手に持つ椀から箸で大麦蕎麦を啜ろうとしてる

その一瞬を描いたからだ。

事実。半分と開けた口中には熱い蕎麦を待ち切れず貯まる甘唾さえも見て取れる。

濃紫と黑の下地に白筋一本で流れ描かれる池鯉は生きているだけではなく

池の水の上で飛沫をも跳ねる。

ひときわ大きな乳房を羽織姿の向こうに隠すが。

それとは逆に大きくも開いて割いた下着物の隙間から態々としっとりと

艶が乗る太腿を晒して魅せる。

漢と雄を誘い堕とす一人の女の其の目がチラリとこちらを視たと感じる。

動かないはずの浮世絵仕立ての短冊絵。

覗き見る跳鯊の目の隅に刀が映る。それが最初からそこに合った物なのか?

おんながこちらを視た時に現れた物なのか知れず。

同時にそれが普通の代物ではないと気がつく。

腰に帯びる刀の類ではないだろう。長く。

一目で長いと知れる其の刃は立てかけられた柱の半分を締める。

(五尺刀か?安々と抜ける者など極々稀と聞く)心の声が頭に響いた。


そして・・・一閃。

【斬っ】と一つ声が聞こえたかに思えた。

「ひゃっ。」思わず声を上げる跳鯊。

「御斬られに成りましたね。時と場所がそうなら切り捨て御免という事ですね。

まぁ~~~。持ち主が旦那さんですからそれで済んだという所でしょう。

取り扱い注意ですよ」

これも又。いつの間にか棚奥から勝手に来客用の高級羊羹を持ち出して

頬張るモンチャミが事なげに言う。

「斬られたぞ?絶対斬られた。切り捨て御免って。首が飛んだぞ!

ふっ。封印する。こんなの封印する」

完全に斬られ飛んだと思う首筋を抑え跳鯊は狼狽する。

冷や汗どころか涙さえ目に滲む。

恐怖に震える手でなんとか凶悪女が住まう短冊冊子をボディバックの奥に

しまうと最後に指先に触れる物を慎重に取り出す。

先程の事もあるから警戒して取り出したのは古びた羊皮紙である。

固く鞣してあるから羊皮紙としても特殊なものかも知れない。

手の平には収まるが何重にもと折ってある。

一度広げれば倍になり二度広げれば四倍と広がる。

「今度はちゃんと書いてある。良かった。ふむ。地図のようだな?」

さっきとは明らかに違い安全と分かると跳鯊は目を凝らして内容を確認する。

それはよく知る街の地図であり帝雀通り三丁目付近とも注釈もある。

「つまりはこの辺一体の地図と言うことか。なるほど」

安堵と一緒にちょっと落胆もする。

凶悪女が住まう短冊の次が一枚の地図とは気が抜けると言うものだ。

「地図は大事でございますよ?御客様。私が使ってる品と同じ物で御座いますね。

仕事どころか命綱ともいって過言でも有りません。特に逃げる時には重宝します」

配達人を名乗る兎人は人の目を盗むのも又、得意らしい。

最後の〆とばかりに机棚の引き出し奥から大事にしまっていた梅昆布甘茶を勝手に

持ち出しお湯を注いでいる。


「僕の方は今の所この三つだ。二つ目は永遠に使わないだろうけど。

鬼燈の方はなにが入ってたんだ?入り用な物て何なんだ?」

危険性の或るものであっても必要な物といわれればきっとそうなんだろ。

要は使う自分が気をつければ良いことでも或る。


「お匙なの!。銀のお匙なの。真鍮のまやかしものじゃなくて

本当の銀鋼のお匙なの」

まるで誕生日に貰ったプレゼントのように大事そうに胸に抱き目を輝かせる鬼燈。

「それから・・・。

毛糸のおパンツ。お腹冷やしちゃいけないの。

黒いレースのベビードール。白のレースのキャミソール。

歯磨きセットとうがい用のコップ。着替えのドレスと靴下。

おやつの飴玉とお煎餅。

私の名前の入った銀行通帳三冊とと捺印判子。

あと、父者様の阿呆面した写真。

毛糸玉のおっきいのと小さいのと編み棒二本。

・・・・・それから鋏。」

一つ一つ確認しながら声を上げ名前を告げ鞄にしまい込む鬼燈。

最後に残った子供用の鋏の輪に指を通し何もない空間をパチンと音を

させて切ってみせる。

「なんかいろいろ入ってるな。確かに入様なものではあるか?

キャミソールとか必要なのだろうか?」云々と首を傾げる跳鯊。


「それでは無事に配達も済みましたので・・・この書類板に判子を・・・」

モンチャミが差し出す書類板を受け取り仕舞いぱなっしの判子を探そうと

頭をめ巡らせるとシャツの袖を鬼燈がツンと引く。

半分はムッとして半分は爛々と目を輝かせ

その小さな手にはピンクのリュックから取り出した名入判子が握られている。

「ああ。なるほど。なるほど。押して良いぞ。鬼燈」

嬉々として目をパチクリと輝かせ。書類板に据え付けられた朱肉に真新しい判子を

押し付け署名欄に強く押し付ける。

「実に子供らしく、はたまた頭脳明晰おねだり上手の御嬢様で御座います。

では。私奴はこれにて。何れ又。幾つ目の鏡の中でお会いしましょう。」

丁寧に至極丁寧に兎人。モンチャミが部屋を去っていく。

「兎さん・・・?出口はあっちなの」

恐らくは間違って若しくは子ボケを噛まして一度台所にむかった配達人は丸い尻を

プリプリと降って戸口の向こうと消えて行く。


「感の良いお嬢様で御座います。危なかったです」

鏡通路をポテポテと歩く兎の配達の丸い手に目刺銛家の最後の桃缶が

しっかり握られているのを鏡世界の向こう側のその住人は知る事はなかった。


「そもそも。ヒトノイドとはなんぞや?多少は分かるが・・・。

だけど、なぜ僕何だ?そしてあの怪人・道筋噂徳とは何者だ?

次があの兎人の配達人。そして必要な物が入ったバッグ。

入り用な物が入ってる鬼燈のリュック。

彼が洩らした六鏡世界。3つ目とかいってたしな。

懸念すべきはビニール傘の情婦か?

とにかく普通じゃないな。何か可怪しい世界にいる気がする」

「父者様は考えすぎなの。ねね。これどうやるの?」

一騒ぎあった暫し後、あれこれ思案する跳鯊の胡座の胸に身を預け毛玉を

転がし遊ぶ鬼燈

「編み物か?やったことないからな。姉さんが得意だったけど。」

考え事に囚われ上の空に言葉がでてしまう。

「姉様?父者様。姉様がいるの?どんな人?美人?お胸大きい?料理上手?」

子供の好奇心は時にプライバシーの壁を簡単に壊してしまう。

「姉さんは美人だな・・・多分。容姿は良いけど性格は問題あるな・・・。

久しく会ってないけども」

正直あまり触れられたくない事でもある。事情があるといっても構わない。

そして。そうい言う時こそ刻の巡りは悪い物である。


ピッピッピッ。と人に聞こえるほどの音を鳴らし脇に置いたボデイバックから

警告が流れる。

「お?なんか来たのか?」心の何処かで期待していたのは頭に浮かぶ疑問の答えだ。若しくはそのきっかけ。

胡座の中で毛玉で遊ぶ鬼燈の邪魔に成らないようにバッグからポケッット伝言器

を取り出すと黄色に光る小窓の中の黒い文字を覗き込む

【蛇と啄木鳥と春巻きの日。午後二時から八時まで・静流】

「ああああ・・・・忘れてた。明日だったのか?困ったぞ。これは困った。」

「静流って父者様の恋人・愛人?不倫相手?」

毛糸玉を弄りながら下卑なめで鬼燈が睨む。

「違う。違うんだ・恋人でも愛人でもない。仕事ではあるが・・・

これはな困ったぞ」


「初めまして。父者様の御姉様。私奴。父・跳鯊の唯一の愛娘。

目刺銛鬼燈と申します。愚弟の娘と存じますが、どうぞ可愛がって頂ければ幸いと

存じます」

「は、初めまして。御嬢さん。私は愚弟。跳鯊の実の姉。

孀坂やもめさかかほゑりです。可愛いお嬢さんね。ささ遠慮なく中へどうぞ。」

連連と淀みなく背筋を伸ばし名を告げ挨拶をする鬼燈。

ちゃっかりと目刺銛の名字さえも名乗る。

高級マンションに居を構える孀坂かほゑりは跳鯊の実弟である。勿論曰くもある。

「貴方?いつ結婚したの?あのくらいの子がいるって言うのはそれなりに昔よね?

十才くらいでしょ?ありえないから。拐かしたの?

いつから変態犯罪者になったの?」

パタパタとリビングに走り大きなTVを珍しそうに見上げる鬼燈に

聞こえぬ声で詰め寄る。

「話すから。ちゃんと話す。色々。だから離れて・・・顔より。胸を退けてくれ」

睨み鋭く詰め寄るかほゑりは態と跳鯊の体に胸を押し付ける。

解ってやってるのだ。それが曰く付きの姉弟であると示している。


「父者の姉様って美人。父者様と本当に姉弟なの?」

跳鯊より二つ年を多く重ねるかほゑりは料理が得意だ。ある意味当然とも言える。

「よく食べる子は大好きよ。お代わりする?遠慮なく言ってね。

・・・それで我が愚弟・跳鯊とはどんな縁を結んだと言のかしら?」

鬼燈に向ける愛しい者に注ぐ眼差しとは真逆の怒りが満ちる視線を跳鯊に送る。

「愚弟。愚弟って虐めなくても良いだろ?全部言うけど。その前に・・・」

「アレは気にしなくていいわ。忘れて。それで何があったの?」

一つ大きく肺に息を吸い込みかほゑりは先を促す。


「かほゑり御姉様。大人なの。大人の魅力なの。そして父者は変態なの」

「誰が変態だ。断固否定するぞ!僕は変態でない。多少偏って入るが

それは変態の域には入らない」

跳鯊の狭く安いアパートの風呂とは違いきちんと生活の基盤を持つ

姉のマンションの風呂は広い。

「ほらほら。鬼燈ちゃん。風引いちゃうから。吹いてあげるから。

こっち来なさいな」

一緒に入り濡れ肌に白いバスタオルを胸上に巻きつけ走り回る鬼燈に声を掛ける。

「愚弟・跳鯊君の邪な目つきはほ放って置いて髪を拭いたらプリン食べましょ」

「御姉様。優しいの。父者様は邪な目つきの変態なの」

「変態出ない。断じて。大体変態のそれの定義とは何だ。

何処からを変態と呼ぶのだ」

自分の姉と預かる子共に睨まれ意固地になって理由のわからない事を言い出す

始末だ。


「御馳走様でした。

綺麗な御姉様。そして嫌らしい目つきの父者様。お休みなさいですの」

風呂上がりのおやつに好物のプリンをお腹に収め満足したのだろう。

眠く成ったとばかりに眼を擦りながらも大人二人に挨拶する。

「いい子ね。家の愚弟が父とは嘘だわね。ほら。

御話でもして上げるから寝室に行きましょうね」

優しげに幼い人形の手を引きかほゑりが寝室の奥へと姿を消す。


相変わらず魅力的な体付きだよなぁ~と頭の中で思う短い間に寝室の扉を

開けてかほゑりが戻ってくる。

「随分と寝付きがいい子なのね。疲れてたのかしら?

それで・・・。言いたい事或るんでしょ?はっきりしておきましょう」

「確かに聞きたい事は或るよ。姉さん。その前に何か羽織ってくれよ

。眼福どころか目の毒だ」

「フン。本心では視たいくせに」意地悪にも鼻を鳴らし私室へとトントンと

足音を鳴らし消えて戻るとタオル姿ではなく黒いキャミソール姿で

跳鯊が腰を下ろす食卓の上にグラスをコツンと音を立てて二個並べる。

グラスの縁に当てて注がれるウイスキーのを見つめながら聞きたくはないが

聞かなければならない事を口に出す。


「姉さん。旦那さんは・・・?」

心の棘が口に出すのも言葉にして伝えるのにも勇気がいる。

「アレ・・・なら居るわよ。そこに居るわ。ずっとね・・・」

琥珀色のウィスキーが揺れるグラスを握ったまま指一本立ててマンション

の角隅の一室を示す。

「え?そこに居るって?ずっとって?旦那さんが居るのか?」

コクンと頷くも興味もないように琥珀色のグラスをクイと

持ち上げ喉を鳴らすかほゑり。

「貴方と別れて結婚して五年・・・。二年経ったら変わったわ。アレは・・・。

止めておきなさい。どうにも成らないし。どうせ伝わらないのよ・・・

無駄なことは止めなさいな」

「どういう事なんだ?別れたのは僕のせいじゃないし。

結婚したのは姉さんの意思だろう?

それにしても居るってどういう事なんだよ?引きこもりってやつか?」

訝しげに眉を吊り上げ答えを探す。

「そんな甘い物じゃないわ。引き子守って比較的若い人がやる事よ?

妻と家族を養う漢のする事じゃないわ」

空になったグラスの半分以上にトクトクと濃いウイスキーを注ぎ込み諦めため息を

交えて漏らす。

「色々とわからない。縁を結んだ旦那だろう?アレ呼ばわりするのは良くない」

以前は色と欲に塗れ体を重ねた仲である。

今は別の漢に契りを尽くす姉の腕に腕を重ねる。

「御前に何が判るって言うの?」

暖かくも情が伝わる跳鯊も重ねた腕を勢いで払いグラスを煽る。

「・・・私は寝るわ。御前はソファを使って」

あまりにも濃い酒を無理に煽りふらつきながらも跳鯊を拒む。

フラフラと足を揺らし壁に手を付きよろよろと鬼燈が寝息を立てる寝室に

かほゑりは姿を消す。


「どういう事だ・・・?部屋の中に居る?ずっといる?一人で?」

幾つもの疑問が頭の中に渦巻く。

姉・かほゑりが結婚して五年。

其の式場で愛を誓う二人を視ていられなくて逃げ出して五年。

鬼燈とで合わなければ姉の家を尋ねる事はしなかっただろう。

巡り合わせと言えばあまりに奇遇であもある。

怪人・幼女・ビニール傘の情婦・兎人と重なりて月日遠く巡る引き籠もると成る。

何かあると胸騒ぎが湧き上がる。確かめずにいずにもいられない。

あまりにも不自然なのだ。姉のマンションを訪ね。

談笑し食事を楽しみ鬼燈を風呂にいれ寝かしつける。

その他にも姉と二人で揉め事を突き合う。

そこに居ると聞かされるまで人の気配もしていない。

存在を告げられた今も尚。かほゑりが示した部屋のドアの前に立っても

その気配は一切ない。


人の心とその欲望には怖いもの見たさと形つくる好奇心と言うものが或る。

同時に人の其の身に宿る警戒心と言うものを軽く凌駕する。

今の跳鯊はそれに加え一人の子供の親で或ると言う護るべき人がいる。

部屋の中にいるであろう姉・かほゑりの夫が鬼燈の驚異となり得るのなら

放っておけるはずもない。

「こんばんはぁ~~~。姉がいつもお世話になります。義弟の跳鯊です。

お邪魔します」

腹に力を込めて声を張るとドアノブを掴んで一気に部屋に足を踏み入れる。

ノックはしなかった。

どんな光景が目に入ってくるかと身構えたが、それは以外なほどに普通である。


さほど広くない部屋一つ。

その奥に夫であるはずの男が居る。暗がりに光るPCモニターの明かりの中に。

目線を泳がせ辺りを確認すれば雑多な品々が床に狭しと転がる。

分厚い本と見えれば何かの専門書。

水分を取る為のペットボトルが山と積まれる。

さすがは高級マンションと言うのだろう。

私室となる一室にも冷蔵庫とレストルームさえもあるようだ。

最低限の事だけに限定すれば確かにこの部屋から出なくても済みそうだ。

食料も今どき雷電網インターネットで手配出来るし届けられば

姉が受け取り部屋の前にでも置くのだろう。

彼女が寝静まった時に拾えば済む。

それでもかほゑりの夫の姿は異様である。

灯りを落とした部屋の中。モニターの照り返しに顔が青く染まる。

ゆっくりと近づいて横顔を盗み覗けば頬は痩け。

かつての記憶の中の人物とは違い朦朧とした瞳でPCの前に座るが、

動く其の指は尋常な速さではない。

キーボードの上で男の指先が跳ねればPC画面の文字が高速で流れて消える。

とても人の目と頭ではおつけない速さで狂った様にキーが叩かれ文字が流れる。

(ずっと。三年間。恐らくは最低限の生活以外の時間をこうしてるのか?)

頭の中で言葉を作る。

生きているのか?それとも死んでいるのかと疑念が浮かび。

そっとゆっくり手を伸ばす。

ソロリソロリと男の顔の前に手を翳かざしし視界を遮る。

行きているなら。若しくは意識が或るならば反応を返すだろう。

言い方に語弊があっても死んでいるなら何も怒らないはずだ。

果たしてどうなるかと面白さ半分。怖さ半分。

期待を裏切らず男の指がピタリと止まる。

(なるほど。生きているのか。最低限は・・・そうと成れば)

試した結果を良しすれば今度は翳した手をずらし男の視界を戻してやる。

カタカタカタ・・・。

跳鯊の翳した手の平が男の脳裏に視界をもどした瞬間。其の指が跳ねる。

面白い事に視界を塞がれる前よりもその速さが増している。

跳鯊が視界を塞いだのは十秒かそれと少しのはずだ。

しかし男の指は激しく動きその数秒の遅れをとり戻すべきだと言うように様に

早く動く。

男の顔頬が僅かに歪み冷や汗が滲む。

(異様ではある。不思議でもある。しかしそのままにする理由には行かないしな)

ソロリソロリと後ずさり部屋を男の部屋を出た跳鯊は思案に暮れた。


姉・かほゑりの夫は何をしてるか?

絆を契り愛したはずのかほゑりを投げ捨てPCの前で只ひたすらキーを叩く。

その時間およそ三年。そして今も打ちづづけてる。

部屋を出る時、邪魔だと思い足蹴にした分厚い本は或る種の専門書だった。

確かにそれはPC関連の物が多かったし、中には妖しげなオカルト地味た紋様も

あった。

思い出せば結婚前に一度あった時芝居役者で或ると良い。

技術屋は向いてないと高笑いもしていた。

そうなれば何か理由があってその後PCの操作を独学で覚えたという事に成る。

必要に迫られ努力し姉との結婚と生活を捨ててまでそれに打ち込む。

その理由は何だ?そしてその意味と目的は?そもそも何に取り憑かれたのだ?

逸話噺で詠われる怪物か?妖怪か?子供の心の想像の中の産物なのか?

巡る思いは定まらずと思い悩む。

責めての救いは居るだけで邪魔をしなければ危害加えないのか?

放っておけばそれで良いのか?

姉・かほゑりになんて言えばば良いのだ?

縁巡り出会った鬼燈が無事ならそれで良いのか?

かすかに聞こえるキーを叩く音に怒りを感じいつのまにか拳を握り頭を巡らし

一夜が開ける。


「パパァ~~~。お腹空いたのぉ~~~。ご飯とプリ~~~ン」

寝ぼけまなこで瞼をゴシゴシと擦りながら寝室の向こうから鬼燈が姿を現す。

「パパとは珍しいな。姉さんはまだ寝てるのか?昨夜呑みすぎたみたいだしな」

ゴシゴシと目を擦りながらも欠伸する。鬼燈。

「御姉様のお胸の谷間は最高なの・・・。ご飯。作ってぇ~。父パパ殿~~~」

「なんか色々混じってるようだが。顔を洗ってきなさい。その間に何か・・・

そこは近づいちゃならん」

何処から持ち出したのか黄色いタオルを握り床にズルズルと引きずりながら例の男が潜む部屋の方へ歩く。

眠気眼でも言いつけは護るらしい。ピョコンと脇に跳ねて跳び遠回りして

レストルームへ消えていく。

「あら?あれ何?盛り塩?そんなもの効果あるって言うの?」

こちらも又寝ぼけ眼を擦りつつ跳鯊の肩にかほゑりがちょこんと乗せる。

「いや。効果は或るかどうかはわからないんだ。でも爺様の事を思い出してさ。

こういう時は盛り塩でもしておかないと落ち着かないしな。」

態々と背中に押し付けられる胸に戸惑ってしまう。

「ふ~~~ん。そんなものかしらね」

今もまだ体に残る酒気が脚元を揺らされながら、

こちらも又レストルームへと消える。


妙案は浮かばなかった。そもそも相手が何者かもわからない。

心霊・幽霊・悪霊・妖怪・人魂。どれを取ってもしっくり来ないとも思える。

しかし出来る事がなくても何もしないと言うのにも納得が行かない。

腕を胸前で組みあれこれと首と頭を振って策を練ろうとしていると祖

父の事を思い出す。

良く若い女の尻を撫でていたな。苦い思い出が頭を巡る。

棺桶の中からでも尻を撫でようと手を伸ばすのではないかと思えるほど

好色の翁であった。


「来るか?来るか?と蹈鞴を踏んで居る刻は彼奴等は来るもんじゃない。

来ない。来ないなと気を抜いた刻の隙を付くのが面妖共の成す技である。

つまりは用心が大事と成る。」

常に隣に断つ色香の女の尻を撫で回す翁がその時だけ

は真剣な眼差しで少年・跳鯊に教える。

翁が逝って時も長いし。忘却の向こうで笑うその顔もはっきりとは思い出せない。

それでも教えてくれた事を謙虚に受け止め、時に教わった事を実践する。

手軽であると言えばそうであるが塩を盛る。塩を守ると成れば邪気を払う願掛けだ。

それはつまり警戒していると言う証であり生まれる隙を閉じる意味もある。

最も一般家庭に或る塩の量なんて微々たる物でもある。

それでも塩に少量の水を加え指先で整え三角錐を作る。

それを男が籠もる部屋扉の前に二つ。

古に邪気を払うと言われる盛り塩に手を合せて閉じた瞼を開けると

少し気が楽にと成った。


後は次に考える。

しかし答えはすぐに見つかる事になる。

「見て見て。タコさんなの。タコさんウィンナーなの」

朝からテンションが高いのは子供の特権だ。

「うむ。タコさんだな。タコのウィンナーだぞ。ちなみに作ったはの僕だ」

「何偉そうに自慢してるのよ。朝ごはん作ったのは私だし。

貴方はウィンナーに切れ目入れただけじゃない?」

「うぐぐ。確かにそうだけど。ちょっとくらいいじゃないか?

娘の前でカッコつけたいじゃないか」

「父者は優しいの。でもちょっと変態なの」フォークに刺した

タコウィンナーをクルクルとまわして鬼燈がはしゃぐ。

「弟が変態なの身を持って知ってるわ。色々とねぇ~~~」

悪戯げに目配せするかほゑりの視線をかい潜り

「え~~~。盛り塩のしてある部屋の件なんだけども」

強引に話題を切り変えて誤魔化す。


「アレの事?どうしようって言うの?どうにも成らならいわよ」

ぷいと横を向きあからさまに嫌悪を示す姉。

夫の事に話題が及ぶとかほゑりの態度は途端に横柄になる。

「確かに今の今に何か出来るわけじゃない。何より今日は僕が都合が悪い」

「ああ。言ってたわね。仕事なんでしょ?大した稼ぎでもないくせに。

まだ、言葉宛なんてやってるの?」

「稼ぎは多くないけど。今と成ってはすごく大事なんだ。瘤付き何だぞ?

食費も生活費も掛かる。」

瘤付きと言われ納得できないようにあっかんべーと顔歪ませ鬼燈はそっぽを向く。

「まぁ。それはそれで良いんだ。結んだ縁だしな。

とにかく夕方までは駄目だが戻ってきたらもどってきたら対処しようと思う。

少々早めに出かけて方法もなんとか見つけたいと思ってる。」

元々。姉・かほゑりの家を訪ねたのは仕事の間の面倒を見てもらうためだ。

都合の良し足はあれど跳鯊としては前向きな意見

を述べたつもりであるが慌ただしい食卓が止まる。

今までは聞こえもしなかったTVのNEWSの音声が流れ最近話題の殺人事件の

詳細が耳にも届く。

被害者は皆比較的若い男性で両の眼を鋭利な物で貫かれててとか。

雨の日だけは安全だとか。

興味等ないくせに顎に手を添えて見入る振りをするかほゑり。

手に持ったままのフォークを宙に浮かせたまま体を傾け跳鯊の向こう側の

男の部屋をじっと見つめる。


「・・・妖かし。面妖。手下。言ってみれば面妖手下と言う所で御座いますわね

生きた人の心と魂と。その体。幾年三つと成ればそれなりの術と技を持つと

言うことかしら。

言葉括りで人形と言っても妖異に尽くす物であれば縁も紡ぐという事ですね。

クク。小賢しいとはこの正にこれでございます。宜しいですの。

結ぶ縁もあれば斬る縁も。又。或るので御座います。

魅せて差し上げて御座いますの。

人様は切れなくても縁と巡りと悪事は斬って堕として差し上げますわ。」

連々と淀みも吃りもなく長く言葉を綴るとヒトノイド・鬼燈は

手に持つフォークの先のタコウィンナーをパクリと口中に放り込み

トテトテと歩き出す。


「おい?こら。鬼燈。何しようて言うんだ?面妖手下ってなんだ?」

未だ未熟で有るはずの鬼燈がまる戦さ場の風を斬る兵士の様にも見える。

「ちょっと。鬼燈ちゃん。危ないわよ。それにパジャマのままでしょ?

そんな姿でアレの所に・・・」

薄い黄色のパジャマのままで或ると指摘されつつもそこは我慢と言うように

納得顔で言い捨てる。

「御褒美は特大バケツのプリンで。あとカラメルは苺風味が良いの。父者様」

元気な幼女の顔で鬼燈はにこやかに大きな笑顔でVサインを作り笑って魅せた。

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