夢世界
第7話
爽やかな秋晴れが続き、過ごしやすい季節となっている。浜野は、イチョウ並木の立ち並ぶレンガ通りをくぐり抜け、珈琲店の中へと入店した。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「1人ですが、後からお連れの方が2人で来ますので、テーブル席をお願いします」
店員さんの案内で、浜野はテーブル席の奥側に座った。注文は、おおよそ決まっている。店員さんがお水をテーブル席の上に乗せた時、浜野はカプチーノを1つ注文した。
「カプチーノを1つですね。では、少々お待ちください」
「分かりました」
店員さんがテーブルを離れる。注文したものがテーブルに届けられるまで少し時間がかかるかもしれない。浜野は、それでも構わないと思っていた。今回の依頼人からは、諸事情により、事務所ではなく、この珈琲店でお話を聞いてほしいと懇願されたからだった。
間もなくして、カプチーノが運ばれてきた。
「こちら、カプチーノになります。ご注文はこれでお済みでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「それでは、ごゆっくりとお楽しみください」
店員さんがお会計票を静かにおいてカウンターキッチンに戻っていく。浜野は、その後ろ姿を目で追いながら、カプチーノを口に含んだ。美味しい。エスプレッソの深いコクと、ミルクのまろやかさがとても合っている。浜野は、エスプレッソとミルクが奏でるハーモニーが口中に広がっていくのを感じた。
左腕の腕時計で、現在時刻を確認する。待ち合わせの時間はもうすぐだった。浜野は、コーヒーカップに残っていたカプチーノを半分ほど飲むと、窓の外の景色に目を向けた。忙しそうに早歩きをする会社員や、お年寄り専用のキャリーバッグを手押しながら歩行する高齢女性が目に入る。そして、子どもの手を引きながらゆっくりと珈琲店に向かって歩いてくる女性の姿もあった。
ドアが開き、子どもを連れた女性が珈琲店の中へと入る。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「2名なんですが、浜野さんはいらっしゃいますか?その方とここで待ち合わせをすることになっていまして」
「いらっしゃいますよ。では、浜野様のいるテーブル席までご案内致します」
店員さんが、女性と子どもを浜野が座るテーブル席まで誘導してから、2つの椅子を後ろに引く。女性は、自身が連れてきた子どもを慎重に座らせると、店員さんのさりげない気遣いに対してお礼を述べた。
「あ、あの、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
店員さんがニコッとした笑顔で女性の接客に応じる。店員さんは、その後、お水を2つ用意するため、カウンターキッチンに再び引き返していった。女性が、隣に座る子どもの状態を確認する。それから、浜野がいる方向へと向き直って口を開いた。
「はじめまして。
「こちらこそ、初めまして。ゲート・ナビゲーターの浜野です」
お互いに自己紹介を済ませて、頭を下げた。2人分のお水を運んできた店員さんが、丁度よいタイミングを見計らって断りを入れる。
「失礼します。お水を2つお持ちしました。注文内容が決まりましたら、いつでもお声掛けください」
店員さんはそう言って、お水の入ったグラスを
「浜野さん」
「はい、なんでしょうか?」
呼びかけられた浜野は、
「この度は、ご無理を聞いて頂き、本当にありがとうございます」
「そんなことはありません。異世界にお客さんをお連れするゲート・ナビゲーターとして、当たり前のことをしただけです」
「
メニュー表を開いた
「ぼく、オレンジジュースにする!」
と元気な声で答えた。
「そう……、それなら私はカフェラテにしようかな」
「ご注文をお伺いします」
「この子がオレンジジュースで、私はカフェラテでお願いします」
「オレンジジュースが1つ、カフェラテが1つですね。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい、今のところは以上です」
と言って、現時点での注文はオレンジジュースと、カフェラテだけであることを店員さんに伝えた。店員さんは、
「では、少しの間、お待ちいただけますでしょうか?すぐに、オレンジジュースとカフェラテをお持ちいたしますので」
と尋ね、
今回の依頼人である
「少し前までは夏でしたのに、もう秋になりましたね」
「そうですね。秋と言えば食欲の秋ですが、浜野さんが最も好きな秋の食べ物は何でしょうか?」
「僕は、ふっくらとして肉厚なシイタケが1番好きですね。叶内ひとみさんは、秋が旬の食べ物なら何がお好きですか?」
「うーん……」
叶内ひとみさんが天井を見上げる。浜野は、叶内ひとみさんがどんな秋の食べ物を頭の中で思い浮かべているのか想像することができなかった。
「栗と迷いましたが、サツマイモでしょうかね。温かく柔らかな食感と、程よい甘さが私は好きなのですが、栗の場合は皮をむくのがとても面倒で……」
お互いの好きな秋の食べ物について会話をしていたところで、トレーにグラスとコーヒーカップを載せた店員さんが来る。
「こちら、オレンジジュースになります」
「やった、オレンジジュースだ!」
大成くんが嬉しそうな声を上げた。心の底から喜んでいるので、大成くんの大好物なのかもしれない。
「そして、こちらがカフェラテとなります」
テーブルの反対側に回った店員さんが、コーヒーカップを叶内ひとみさんの前に置いた。
「ご注文はこれでお済みでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
「では何かご用がありましたら、いつでも呼んでください」
店員さんはそう言うと、お会計票を差し替えて、浜野たちの座るテーブル席から立ち去った。
叶内ひとみさんが、横を向いて大成くんの手に、自分の手を優しく重ねる。そうして、叶内ひとみさんは大成くんの手を導くかたちで、オレンジジュースの入ったグラスに触れさせてあげた。グラスの位置を把握した大成くんが勢いよくオレンジジュースを飲んでいく。
叶内ひとみさんは、大成くんの様子を見て安心すると、目の前に置かれていたコーヒーカップを持ち上げて、カフェラテを味わった。
叶内ひとみさんを観察していても、追加注文のために店員さんを呼ぶ気配はしない。加えて、大成くんはオレンジジュースを消費することに夢中になっている。浜野は、叶内ひとみさんが異世界旅行を依頼した目的を知るために、本題を切り出す判断をした。
「叶内ひとみさん。なぜ、大成くんを夢世界に連れて行ってあげたいと考えたのか、詳しく聞かせてもらえないでしょうか?」
「分かりました」
叶内ひとみさんは頷くと、一呼吸をした。
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