第2話 憧憬と嫉妬
止めろ! 止めてくれ。何故だ? どうしてこんなことをする。
ファブリスは言葉にならない声を上げる。
「死に損ないのくせに、ごぼごぼうるさい魔族だな。何でこんなことをするんだとでも言ってるのか?」
アズラルトが冷たい笑みをその顔に浮かべている。
「言っただろう? 俺は魔族が嫌いだと」
「魔族は臭いからよ」
マルヴィナが口を挟んでくる。
「ほら、早く殺しましょうよ」
マルヴィナがまるで虫でも殺すかのように、事もなげに言い放った。
「まあ、待て、マルヴィナ。どちらにしてもこいつは虫の息だ。魂喰らいで貫かれたんだからな。放っておけば直に魂まで闇の獣に喰われるだろうよ」
アズラルトはファブリスに茶色の瞳を向けて、更に言葉を続けた。
「そんなことより面白い物を見せてやろう。おい、ガルディス」
アズラルトにそう呼ばれると、彼の背後から魔道士のガルディスが姿を見せた。
「ほれ、遠視の魔法だ。この水晶が映す物を見るがいい」
ガルディスが水晶を取り出す。
そこに写されていたのは……。
紛れもなくファブリスの生家だった。そこにはファブリスの両親と今年、十六歳になる妹が今もいるはずだった。
「特別に音も出してやろう……」
ガルディスはそう言うと、更なる呪文を唱えた。ガルディスが唱え終わると同時に水晶から聞こえてきた音は何やら騒がしく、人々の喧騒で満ちているようだった。
家の周りを村人たちが囲んでいる。どの村人たちもファブリスの見知った顔ばかりだった。
どれもが見知った村人たちの懐かしい顔のはずだった。だが、どの村人の顔もそれまでファブリスが知っていた顔ではなく、どの顔も憎悪で醜く歪んでいた。そして、村人たちの目には狂気の光が宿っている。
……あれは幼馴染だったカイト。隣りに住んでいた若夫婦のジャルジール。小さい頃から何かと可愛がってもらっていたゼット爺さんまでもがそこにはいた。家を取り囲んでいる者たちでファブリスが知らない顔などはなかった。
その誰もが魔族特有の赤い瞳に狂気を宿らせながら、手には鍬や鎌といった武器らしき物を握っていた。そして、その場は見えざる不穏な空気で満ちていた。
「ふざけやがって! おかしいと思ったんだ。あいつが邪神封じの魔剣を操れるなんて! しかも勇者様の仲間扱いであんなにちやほやされやがって! あいつはとんでもねえ嘘つきだ! そうだ! あいつは子供の頃からとんでもねえ嘘つきだったんだ!」
幼馴染みのカイトが口角を吊り上げて、唾を撒き散らしながら喚いているのが見てとれた。
「勇者様の話では、あの魔剣を操れるのはファブリスなんかじゃなくて勇者様自身だったらしいぞ!」
村人たちの間からそんな声が上がった。
その言葉を聞いて、馬鹿なとファブリスは思う。邪神封じの魔剣は魔族の血を引く者しか操れないのだ。人族の血を引くアズラルトが操れるはずもない。
「臭いだけじゃなくて、魔族って救いようのない馬鹿なのね。本気であんな馬鹿げた話を信じるなんて」
水晶から流れてくる村人たちの声を聞いて、大神官のマルヴィナが嘲笑を多分に含んだ笑い声を上げる。美しい声の響きに反してそこに載せられる言葉には多分に毒を含んでいた。
「しかも馬鹿な上に容赦ないな。ほら、見てみろ。あいつら火をつけるぞ」
アズラルトが嫌な笑顔を浮かべながら楽しげに言う。アズラルトの言葉通り、数人の村人たちは松明を握っていた。
その時だった。家の中から黒い人影が飛び出して来る。ファブリスの父親だった。その手には武器らしき長い棒のような物を握っていた。怒りと恐怖が混ざりあったかのような父親のその目は極限までに見開かれている。
父親は果敢にも手にした棒を振り上げた。だが所詮は多勢に無勢だった。父親は瞬く間に村人たちに囲まれる。父親に殺到する村人たちの体に阻まれて詳細は見ることができない。だが、宙に飛び散る赤い液体がそこで何が起きているかを教えくれていた。
やがて家が炎で包まれた。状況からみても家の中に母親と妹がいるのは間違いないだろう。最早、まともに正視できる状況ではなかった。
……何故だ? 何であんなことを!
ファブリスの中でどす黒い怒りが湧き上がる。
「馬鹿を扇動するのは容易だな。お前が邪神封じの魔剣を操る選ばれし者である事実。その憧憬と嫉妬を少し煽ってやれば、簡単にこの顛末だ」
……貴様!
ファブリスは体を起こそうと身を捩る。
「……まだ動けるか。大した精神力だな。さすが選ばれし者だ」
アズラルトが揶揄めいた口調で言う。そして、茶色の瞳をジャガルに向けるとさらに言葉を続けた。
「セリアを連れてこい!」
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