17話 食べ放題③

 何故私が記憶力がいいのか、それは上位の精霊である私があの世界のことを忘れたくないと強く願ったからなのかもしれない。


彼女が鬱陶しいと言っていた癖毛も、不甲斐ないと言っていた雑魚なところも。あの体温も、声も、においも、私にとっては何に変え難い宝物だった。


あの崩壊に向かう世界は絶望一色に染まっていた。それでも私は彼女に会えて幸せだった。





 立食パーティは終盤に差し迫る。ユリは中庭の隅でステーキをたらふく食べまんまるに転がっているモンペンとアレキサンダーのところへ行く。


--お嬢、助けてくれ!兄ちゃんが変なことを言うんだ!


--変なことではない。私は魔物と人間の未来について話をしているのだ。


どうやらアレキサンダーはモンペンにとって難易度の高い話を一方的にしていたようだ。


--私は驚いたぞ。魔物の認識を変えるなどそうできることではない。にも関わらず、君は100匹のモンスターペンギンをその道に導いた。誇るべきことだ。


モンペンが意味がわからない助けてくれと涙目で訴えてくる。


「ええと…アレキサンダーはモンペンのことを褒めてくれてるみたいですよ。」


--マジで!?やった!


アレキサンダーがユリに「キュウ」と鳴く。


--ユリ、今回も散々な目にあったようだな。何故君はいつも無茶をするのだろうな。


「そんなの決まってます。雑魚な私を守ってくれる皆さんがそばにいてくれるからですよ。そのおかげで私は安心して無茶できるんです。」


--そうか…そうだったのか。


アレキサンダーは少し俯いた後夜空へ視線を移した。まるでもう会えない誰かに思いを馳せているような哀愁さが漂っている。


ユリにはそんな彼に告げなければならないことがあった。


「アレキサンダー、グレイさんが精霊スコールさんとの契約を破棄したらしいです。」


--ああ、らしいな。


「私達はこのままでもいいですか?」


--え?


アレキサンダーが驚いた様子で振り返る。


「ほら、アレキサンダーって魔法効かないじゃないですか。一緒にいてくれたら安心なんです。是非、これからも旅に同行してほしいです。」


アレキサンダーは瞬きばかりしている。調和の王相手にあまりにも烏滸がましすぎただろうか。


「そ、それじゃ、調和の王様としての役割もよろしければ手伝いますよ!それならいかがですか?」


面倒くさがりのユーキはものすごく嫌がるだろう。だが、彼程度丸め込むことなど造作もない。アレキサンダーには一緒に旅をしたいと思わせる何かがあった。


--私なんかが一緒にいてもいいのか?私でもそばにいれば君は安心するのか?


「勿論です!行きましょう、アレキサンダー!一緒に!」


--兄ちゃん、行こうぜ!


ユリとモンペンが手を差し出す。


アレキサンダーは「キュウ」と泣きながら自分の手を重ねた。





 立食パーティが終わり、ユリはモンペンとアレキサンダーと共に城の門へ向かった。そこには銀髪の剣士ユーキが待っていた。


門はアーチ状になっており、夜空には金銀に輝く星が散らばっている。周囲には花が咲き乱れていた。


青い薔薇である。


ユリは何故か緊張してしまう。これから何かが起きる。そんな気配がしてならなかった。


「挨拶は済んだか?」


「は、はい、皆さんに挨拶できました。」


「そうか…。」


一拍置いて、ユーキが険しい表情で睨んでくる。別の類の緊張感が混ざり始める。


「あの?ひょっとして結構待たせてしまいましたか?」


「上着の懐。」


「ふところ?」


「手紙が入ってるはずだ。」


相変わらず言葉足らずでよくわからない。とりあえず言われた通り上着の懐を漁ってみる。


「穴が空いてますね。」


「あな?」


「はい、前から破れそうだなとは思ってたんですよね。アリスから全力で逃げた時に空いちゃったのかも。」




「は?」




「それで手紙って何ですか?ひょっとしてあの手紙の返事書いてくれたんですか?」


「……。」


「あ、ちょっと、どうしました?手紙ならまた書けばいいじゃないですか!あ、無視しないでください!あ、置いていかないでください!ユーキ!?」


「……。」


「どうしたんですか!?私何かしましたか!?手紙に何が書かれてたんですか!?ちゃんと言葉で教えてください!ユーキィィ!」


以降ユリは必死に食い下がる。しかし、ユーキはその日言葉を発することはなかった。





モンペンは二人の様子をよくわからずにもぺっと見ていた。


--くくくく…!奴にはまだまだ早いと言うことだな。


--早い?食べ時のことか?


--さあな。


兄アレキサンダーはさも愉快げに笑っている。お嬢ユリと弟ユーキはよくわからないが多分仲良しなんだろう。モンペンは久しぶりにほっこりとするのだった。

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