14話 カム着火インフェルノ
『ふーん、シロナちゃんとグレイって結婚するんだね。おめでと。』
エデンの何気ない純粋な言葉は廃人となっていたシロナを剣で貫くより深く抉った。
何故自分がよりによって兄と結婚すると思われないといけないのか。何故よりによって想い人であるエデンに祝福を言われなければいけないのか。
シロナの怒りの矛先は自然と事の発端である兄に向くのだった。
◆
ユリはシロナとアルマと共にロアの抜け殻の様子を見守っていた。ロアの魂はアルマの魔法によりサンドバッグに移動されており、現在は部屋の隅にてエデンとユーキに蹴られ続けている。
ロアの魂がなくなった抜け殻はグレイの姿を残したまま死んだように脱力している。
今この体にあるのはロアが吸収したグレイの能力だけである。アルマの研究では記憶と魔力と魔法の才能は魂に刻まれているという。逆を言えば能力があるということはそこにグレイの魂があるのではないか。ユリはそう考え、グレイの能力だけを体に残し反応を見ていたのだった。
「グレイさん…起きてください…。」
シロナが歯軋りばかりして何も喋らないため代わりに声をかける。しかし、その体はぴくりとも動かない。
背後の妹より、「ちぃ!」と鋭い舌打ちが鳴る。
ユリは泣きたくなる。これはほとんど自分の提案である。これでグレイが動かなかったらその矛先が自分に向く可能性があった。
「グ、グレイさんお願いします。起きてください。妹さんのためにも…。私のためにもぉぉ…。」
祈りを込めながら呼んでみる。
グレイは動かなかった。
「あ゛あああああふざけんじゃないわよおおおおお!!」
シロナが脱力している兄の胸ぐらを掴み上げ、壁に向かって繰り返し叩きつける。
「クソが起きなさいよ馬鹿兄がああああああ!!」
ユリは慌ててアルマを抱え避難する。シロナが噴火した。もはや激昂しており手をつけられない状態だ。
「あ。」
その時、自分がとんでもない失態をしていたことに気づく。グレイの魔力と自分の魔力が交換されたままだったのである。
『の、能力交換…』
アルマが青く光りグレイに魔力が戻る。
グレイは壁に叩きつけられる度体が少し動いているように見える。
(え、グレイさん絶対起きてますよね?何で寝たふりしてるんですか?)
グレイを観察していると右手の指が文字を書いていた。
マリョクヲ、コウカンスルノヲ、ワスレテワルイトオモウナラ、イモウトガナニニオコッテルノカ、サグッテクレ。
「シ、シロナさん…グレイさんが何かしたのでしょうか…?その、あの指輪に何か関係があるのですか?」
シロナが「指輪ああああ!?」と激しさを増す。
「そうよ!あの指輪よ!馬鹿兄が!あんな指輪渡してどういうつもりよ!?私の王子様に変な勘違いさせて!!いつもいつも余計なことばかりしやがってッ!!責任をとれ責任をッ!!」
ユリはシロナの激昂している理由にややあって納得する。
グレイがビンタで殴られながら指文字をする。
ドウイウコトダ。アレハ、カアサマノカタミノ、ユビワナンダガ。
ユリは口でパクパクと説明する。
まず、母の形見を指輪のままシロナに渡そうしているのが間違っている。結婚する際に渡そうとしていたなら無神経極まりない。女性は好きな人から指輪を贈られたいのだ。何が悲しくて形見の指輪を結婚時につけなければならないのか。
スキニ、カコウシテクレレバイイト、オモッタノダガ。
何が好きかわからないから任せてしまおう。男性がそう考えてしまうのはわかる。しかし、それにしては女心に配慮が足りなさ過ぎた。指輪である以上別のアクセサリーかせめてペンダントにして渡すべきだった。
ガッテンシタ。
シロナが拳を振りかぶった時、その拳をグレイが止める。
「にゃあ!?にゃあにゃあ!」
アルマが抱っこされながらグレイが助かったと大変喜ぶ。しかし、ユリはまだ助かったとは言えないことを知っていたため緊張しながらその兄妹の行く末を見守った。
「あ。やっと起きたわね。良かった良かった。それじゃ、覚悟はいいわねッ!!」
「シロナ、聞け!あれはお前とお前の王子様の結婚を応援したいという意味なんだ!」
「…え?」
「わかりにくくて悪かった。またこうやって話せるとは思わなかったから仕方なかったんだ。ほら、なんだ、指輪じゃなければ結婚は連想しないだろ?そのメッセージを伝えるためだけの指輪だ。それが伝わったならあとは…捨ててしまって構わない…。」
グレイの目は完全に座っている。シロナは輝かしい瞳の下で拳をぎちぎちに握りながら首を傾げる。
「兄様も全力で協力してくれるということ?」
「あ、ああ…勿論だ。」
「兄様…おかえりなさい…。」
「あ、ああ…ただいま。シロナ。」
シロナは打ち身だらけで顔を腫らしたグレイに抱きつく。なんとか和解できたようだ。
部屋の隅でエデンは爽やかにサンドバッグを蹴り続けていた。
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