10話 絶対言わせたい少女vs絶対言いたくない青年
ユリはアルマを助ける方法と未来を変えない方法を懸命に考える。しかし、何の策も浮かばない。結果、最強の魔法使いであるアルマ本人に相談してしまおうという他力本願に行き着いた。
気がつくとユーキと二人である。
「あれ、ユーキだけ?エデンさんとモンペンはどこに行ったんですか?」
「風呂だと。」
ユリは合点する。どうやらエデンとモンペンは過去に行く前にユーキと二人で話す時間をくれたようだ。
丁度はっきりさせたいことがあった。ユリの頭で開戦のゴングが鳴る。
「ユーキ、私を冒険団から守ってくれてたんですよね。私はいつもユーキに助けられています。本当にありがとうございます。」
「何だ急に。」
「後でああ言えばよかったって後悔したくないじゃないですか。今日くらいお互い素直になりましょうよ。
で、どうして私をそんなに大事にしてくれるんですか?」
狙いはこれである。期待しては裏切られを繰り返しほぼ諦めていたが、最近を振り返ると彼が自分を守ってくれたり尊重してくれたりと大事にしてくれているのが伝わる。
朴念仁ユーキの好意を確かに感じるのである。
なんとしても本心を言わせてみせる。ユリは勝負に出たのだ。
「…気のせいだろ。」
「まぁまぁ、聞いてください。私はこれから過去に行くんです。ひとりで大業を成し遂げるにはそれ相応のモチベーションが必要です。ユーキの一言で全力を振り絞れるかどうかが決まります。」
「……雑魚が全力を出したところでたかが知れている。」
「そうとも限りません。私が諦めなければこの度も奇跡的なことが起きるかもしれないじゃないですか。エデンさんを魔王ディーンから助けだしたのもロアから時の魔石を奪ったのも私でしたよね?」
「……。」
しばらく、沈黙が訪れる。このまま聞き流そうというのか。ならばここで変化球である。
「あっ、何も喋らないってことは特に理由はないってことですか?成程、ユーキも何の理由もなく女の子なら誰にでも優しくするんですね。天然たらしの誰かさんと一緒ですね。」
「………誰にでもではない。」
「じゃ、何で私に優しくしてくれるんですか?」
「…………。」
逃げ道は塞いだ。彼は答えるしかない。天然勇者と同じにされることなど彼は我慢ならないのだ。
ユーキが重い口を開く。
「す」
その時、心の中の全ユリが抱き合い泣きながらお互いを労った。半年の間よく頑張ったと。これでついに彼と特別な関係だと。
「ごく雑魚だから。」
全ユリが絶望の表情で振り返る。
『すごく雑魚だから』
自分を大事にしてくれているのは特別な感情を向けられているわけではない。弱いから気を遣っているだけだとこの男は言っているのである。
ベビーシッターとベビーの関係どころではない。飼育員と雑魚なペットの関係である。
「そ、そうですか…そうですよね…。大事に飼わないと簡単に死んじゃいそうですもんね…。」
ユリは死にかけの金魚のように呆然とする。ユーキもまた苦い表情をしていたことは気づかなかった。
過去を変えないようにアルマを助ける。何かに失敗した時にはみんなと会わない未来が待っている。
ユーキとの旅もモンペンや勇者一行との出会いもユリにとっては宝物。そんな毎日がなかったことになるなんて嫌だ。不安で涙が溢れてきた。
「ううっ…。」
「どうした!?」
「すみませんっ…不安になってしまってっ…私っ…ユーキやみんなに会わないのは嫌ですっ…絶対嫌ですよっ…。」
「…考え過ぎだ。未来が変わってもどこかしらで適当に会うだろ。」
「それじゃあ、魔力もない器用でもないただの雑魚でもユーキは旅に連れ出してくれますか?」
「置いてくだろうな。」
ユリの気持ちはどん底まで沈む。いや、彼は事実を言っただけだ。こんな雑魚は旅に出ず、狭い田舎に閉じこもるのがお似合いだ。
「だが、相手はお前だ。」
「むぎゅ。」
不意に頬を摘まれる。
「お前は諦めの悪い雑魚だ。撒くのは容易ではないだろうな。」
ユーキは意地悪く笑っていた。そうだ。置いていかれるなら地の果てまでも追いかければいい。自分はそういう雑魚なのである。
「そうです!私に出会ったが最後ユーキの気ままな一人旅は終わりです!そう簡単には剥がれませんからね!」
「違いない。」
二人で笑い合う。いつの間にか不安はどこかに飛んでいっていた。頬に触れる手が暖かい。その暖かさを焼き付ける。
次に会える時まで自分が頑張れるように。何があってもこの暖かさを忘れないように。
ユリは過去に行く時となった。
--お嬢、がんばれよ!帰って来なかったら弟を食べるからな! とモンペン。
「ユリちゃん、行ってらっしゃい!僕に殺されないように気をつけてね!」とエデン。
「冗談に聞こえないんだよ」とユーキ。
アルマの未来と自分達の未来がかかっているというのにまるで緊張感がない。こんな時まで不器用で愉快な仲間達に自然と笑顔になる。
「モンペン!エデンさん!ユーキ!ありがとうございます!頑張ってきます!」
目を閉じて時間と場所を強くイメージする。
(半年前のアルマさんが死んでしまう日!『クライス』の街の宿…!)
一同に見守られる中、ユリは過去へ行く最後の転移を果たしたのだった。
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