5話 上の空なエデン

 逃亡生活二日目の朝のこと。ユリは中途半端な形で未来に帰ってきてしまったことを悔やんでいた。


アルマに魔王に殺される未来のことを伝えることができなかっただけではなく、ちゃんとしたお礼もお別れも言えなかった。いきなり消えて、きっと心配させてしまっただろう。


ダンジョンのボスである青龍の話では、自分が過去から戻ってきた時、魔力切れのせいか意識がなく、モンペンが慌てて就寝室に運んでくれたらしい。ユーキは遅くまで外の視察に出掛けていたらしく早朝に帰りまだ横になっていた。ペン子は群れに帰ったらしい。


ユリは朝の温泉に向かう。今日も過去に行く。そのために気合を入れ直すつもりだった。


大部屋に行くと椅子に座っているエデンがいた。ユリが入ってきたことに目もくれず、目の前をぼんやりと見つめ続けている。


「エデンさん、おはようございます!」


「……。」


反応がない。昨日に引き続きエデンは上の空のままなようだ。


ユリはエデンが元気になるであろうとっておきの話をすることにした。


「エデンさん、聞いてください!なんとですね、私、過去でアルマさんに会ったんです!」


驚いて喜んでくれるに違いない。その流れでアルマの死んでしまう未来をどうやって変えるか相談しよう。そう思っていた。


しかし、エデンの実際の反応は予想に反したものだった。


「……アルマに…会っただって…?未来が変わるかもしれないのに…?」


「え?あ、はい。気がつくと目の前にいて手伝ってもらうことになったんです。その、未来が変わるかもしれないとは思ったのですが、もしかするとアルマさんが死なない未来に変わるかもしれないし…良いのではないかと…。」


ユリは戸惑う。気のせいかエデンが自分を非難しているように感じるのである。


「……なよ。」


「え?」


「勝手なことするなって言ったんだよ。」


「!?」


エデンははっきりとユリを非難する。喜んでくれると思っていただけにショックだった。


「ユリちゃん、ペン子の話忘れたの?今の状況が最善だから過去を変えないようにって言われたよね?」


エデンは責めるように問い詰めてくる。


しかし、エデンの言うように状況が悪くなるかもしれないが、そのかわり生きているアルマに会えるかもしれないのである。その可能性を諦めたくなかった。


「そうですけど、でもアルマさんならきっと今のこの状況を変えられると思うんです…。だから…」


「ユリちゃん、君は神じゃない。アルマは死んでるんだよ。」


エデンがわからない。アルマは彼にとって大切な存在であるはず。なのに何故ここまで否定するのか。



「エデンさんは…アルマさんの過去を変えたくないんですか?」



ガシ!


衝撃に息が詰まる。強く肩を掴まれた。目の前の顔は悲痛に歪んでいた。



「そんな訳ないだろッ!!」



「!」


「僕がアルマに生きていてほしくない訳がないッ!!僕がどれだけアルマの死を悔やんだことかッ!!どれだけ彼女の生きてる未来を望んだことかッ!!どれだけ…過去を変えたいと願っていたことか…!願っても願っても願い足りないくらいだよッ!それが良い結果にならないって言われたんだ!!この意味わからないの!?」


エデンは泣きながら責める。それでようやく自分がとんでもない失言をしたことに気づく。誰よりもアルマに生きていてほしいと願っていたのはエデンであるはずなのに。


きっと、エデンは時の魔石を見た時に真っ先にアルマの未来を変えることを考えたに違いない。しかし、それを否定され、受け入れられなくて、受け入れるしかなくて、それでも良い結果になる可能性を考えて、その結果悪い事態になる可能性も考えて、ずっと苦悩した末に断腸の思いでアルマの未来を諦めたのだろう。上の空になるほど失意の中にいたエデンにユリは追い討ちを掛けたのである。


「わからないなら教えてあげる…アルマはっ…うっ…アルマはねっ…」


「エデンさん、もういいです!!すみません!!私が間違ってました!!」


エデンが苦しげに紡ごうとした言葉を大声で遮る。


『アルマは死ぬべきだった』

彼女の死を一番嘆いているエデンにだけは絶対言わせてはいけないことだった。


重たい沈黙が流れる。


「…声を荒げてごめん…気遣ってくれてありがとう…頭を切り替えてくるよ…。」


エデンは力なくその場を去っていった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る