20話 逃亡生活の始まり②
ユリ達はこのダンジョンに宿泊する許可を得るため、ダンジョンのボスである青龍へ事情を伝えた。青龍は名前とは裏腹に白い見た目となっている。
『つまりあたしがあれだけ大切だと言っていた能力交換の魔石を敵に奪われちゃったと。』
「うん、そういうこと。」
『ざっけんなぁぁああああああ!!』
青龍は尾でエデンを殴り飛ばす。壁に叩きつけられたところへもんどりうつように体当たりを繰り返す。
エデンに「取り返します」と約束させると青龍は落ち着きを取り戻した。
ダンジョンの宿泊について、青龍は『大歓迎だよ』と快く承諾してくれた。ユリはようやく横になれると安堵する。
『それでね、人と魔物の交流できる場所についてあたし考えてみたの。』
「人と魔物の交流できる場所ですか?」
『そうそう。このダンジョンを改造してみたから使ってみて?』
青龍は得意げである。ダンジョンのボスは自分のダンジョンを自在に改造できるようだ。ボス部屋の壁にドアが出現する。
「何の部屋でしょう?」
進んでみるとその部屋は意外に広く、椅子、棚、タオル、洗面台等が設置されている。
奥にはもう一つ空間があり、温かな湯気がたち水の流れる音がする。そしてこの硫黄の香り。
ユリは理解した。温泉だと。
ユリはその場で黙々と服を脱ぐ。そこらの男達の存在は頭から一瞬で抹消された。何故ならユリ一行は貧乏。ほとんど水浴びの生活で温泉に入れたことなどこの半年ない。
「わお、ユリちゃん大胆っ!」
「見るんじゃねぇ。」
ユーキがエデンの目を覆う。ユリは振り返ることなく真っ直ぐ温泉に消えて行った。
「全く…ん、なんだあれは?」
ユーキは温泉の横にもう一つの部屋を発見する。
その部屋は穏やかな照明で照らされ熱気が篭っている。中にはゆったりとした背もたれの椅子が鎮座している。そしてこの檜の香り。
ユーキは理解した。サウナだと。
ユーキは音速でタオルを片手に取りその部屋に消える。思い出したように服だけ外に出された。
「わお、ユーキも大胆だね!…お、なんだろこの部屋。」
エデンはもう一つの部屋を見つける。
その部屋は薄暗くさざなみのようなBGMの中、うねうねと動くベッドが用意されていた。
魔力で動くマッサージ機である。
エデンは上着を脱ぎ捨てた。
「あ゛あああぁぁぁ…。」
エデンの大胆な声が響き渡る。
『気に入ってくれたかな。前にマイちゃんが人の好きなものについて教えてくれてね。作ってみたの。就寝室もあるから好きに使ってね。ただね、食事の再現はできなかったの。』
モンペンはわくわくと目を輝かせていたがふっと興味を無くす。ユリのいる温泉にとぼとぼと進む。
『だから、イノシシの魔物と果物の木を作ってみたから自由に使ってね。』
モンペンはばさっと羽を翻しその部屋に突撃した。
青龍の考えた人と魔物の交流できる場所とは温泉のテーマパークであった。それは追い詰められ疲労困憊なユリ達を癒す以前に理性を崩壊させる程至福なものだった。
◆
エデンは順番が回ってきて温泉に向かった。そこにはタオルを頭に乗せほっこりと温泉に浸かっている先客ペン子の姿があった。
「ペン子、入ってたんだ。一緒にいい?」
ペン子は「キュウ」と頷く。
エデンは温泉に浸かる。心地よい暖かさに体の強張りが一気に解されていく。思った以上に気が張っていたようだ。
「ふー、気持ちいいね。」
ペン子は「キュウ」と頷く。
流れる水音だけの静かな空間だ。自然と考えてしまう。
二年前、エデンはロアを追い詰めたが殺さなかった。仲間達の前で殺したくなかった。その自分勝手な判断が友を殺し仲間や人々に危機を与えている。
「…ねぇ、ペン子。時の魔石を使って過去を変えたら今より良い結果になったりするのかな?」
自称記憶力の良いペン子からの反応はない。
「例えばだよ?例えば僕がロアを殺していたらとか、例えば僕がア」
--言っておくが、
話を途中で遮られる。
--今のこの状況が最善だ。時の魔石を使うのなら過去を変えないようにするのだな。
ペン子は温泉から上がっていった。
「アルマ」と、エデンは呼んだ。
◆
一人と一匹の会話をサウナに入り浸り続けているユーキは聞いていた。
妙なペンギンだ。最低限のことだけ言うあたり、時の魔石をよく考えて使えと暗に伝えているように思う。
もう一つ釈然としないことがある。
スコールの神殿にてアリスを目の前にした時のことが霧がかったように思い出せない。思い起こそうとする度に頭痛がする。
一つ思い出したのは、アリスが『鬼ごっこ楽しいね』と言った後の名前だ。
「なんでお前なんだよ…。」
やはり釈然としない。
⭐︎『4章 ユリ編 時の魔石の謎』へ移行します。
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