17話 ユリ一行⑤ 再起
時は遡り、トピアの街を赤い雨が襲撃した時点でのこと。
ユーキはスコールの神殿の前にて生気を失い廃人となっていた。何の気力もなく、体を動かすどころか思考することすらできない状態である。
--弟?
サク
モンペンの口から落ちたナイフは、幸か不幸かユーキの足に刺さった。
「…?」
ほんの少しの痛覚を与えられ思考が動き始める。この軽いナイフが何なのかはわからない。だが随分器用だとは思う。
鉛のように重い手に力を入れそのナイフを掴む。
そして、おもむろに動かしてみた。
「う…。」
傷が広がり血が滴っていく。同時に痛みが増し思考が少し働くようになる。しかし、足りない。このナイフが何なのか思い出すことができない。
ナイフをさらに押し沈める。
「ううぅ…。」
血が噴き出す。熱い痛みが全身へと駆け回り思考がはっきりしてくる。
何かに会い、何かと旅をして、生きている心地が感じられるようになった時のように。
何度も置いていこうとした。なのに、どれだけ自分に無視をされぞんざいに扱われても、器用に何度でも食い下がり心を抉り続けてくれた存在がいた。
このナイフのように…!
「ぐうううッ…!」
動かない心を抉るようにナイフを激しく動かす。抉れば抉る程に、思考、気力が戻ってくる。
このナイフは。この器用な軽いナイフは。この戦いに向かない器用なだけのナイフを何と呼ぶのか…!
(
「ううあああああああッ!」
その名を思い出した瞬間、深い底に沈んでいた意識が一気に覚醒した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」
まるで全力疾走したように呼吸が苦しく体がだるい。ナイフで抉っていた足は血塗れで凄まじい激痛を発している。
モンペンが注意するように鳴く。
--弟、だめだぜ〜?ナイフで自分を刺しちゃ〜!
「お前が…言うな…いや…よくやった…と言うべきか…。」
不意に褒められたモンペンはほっこりとした。誤ってナイフを落とし突き刺したことは気にも留めていないようだ。
ユーキは『回復』の魔法で足を治療した後、そのナイフからユリの居場所について考える。何者かに連れていかれたのだろう。冒険団である可能性が高いように思うが、連れていかれたとしたらどの街なのかわからない。
勇者一行と連絡を取りたいところだが通信具はユリが持っていた。連絡を取る手段がない。どうしたものか。
『エデンはひとりで『トピア』の冒険団の拠点を守るんだよな!?俺たちは街で戦うからな!?』
不意にモンペンの腹より大男ボドーの声が出る。
--ぎゃあああああすまんドボー!!
モンペンは非常に焦る。知らず間にボドーを飲み込んでしまったと思ったようだ。
吐き出すと声の発信源はボドーではなく通信の魔道具だった。
ユリが持っていた物である。
『エデンはひとりで『トピア』の街の拠点を守ってるからな!?俺たちは街で戦ってるからな!?』
ボドーは何度も繰り返す。雨の音も聞こえ慌ただしい。赤い雨の襲撃でも受けてるのか。通信で勇者一行の危機を知らせているようだ。
「とりあえずそこに向かうか。」
ユーキはモンペンに乗りトピアの街へ向かうことにした。
向かっている最中もボドーの通信は途絶えない。ボドーは戦いながら密かに通信を続けていたのである。
『…どういうことだ?何故冒険団が俺を攻撃した?』
『冒険団の中に魔物が潜んでいたのか!?俺達をはめたのか!?』
『冒険団は人に化ける魔物に支配されていたのか!?拠点の者全員なのか!?』
ボドーは石化する寸前まで自分達に少しでも情報を与えようとしている。
その内、周囲の嘲笑の声が混ざる。
「……。」
自然と拳が強く握らさる。モンペンは走る速度を上げていく。お互いに声は出さなかった。
『エデンはトピアの冒険団でひとりで戦い続けているからな!?エデンはトピアの冒険団でひとりで戦い続けているからな!?』
それを数回必死に繰り返し通信は切れた。
「ギエエエエエエエエエ!!」
モンペンは雄叫びをあげる。速度がさらに上がり力強い踏み込みに地面が粉砕していく。
「…外道が。」
その上で、ユーキは敵と合間見える時を静かに待つのだった。
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