10話 ユリ一行③ モンペンの危機

 ユリが目を覚ますと、スコールの神殿から離れたところで横になっている状態だった。モンペンが隣にいるが、ユーキの姿は見られない。


ーーお!おはよー!お嬢!


「おはようございます?」


スコールの神殿が黒い霧で覆われていた。そこら辺から記憶が曖昧である。


黒い霧の影響を受けると生気を奪われ朦朧とするためその間のことを思い出せなくなるのである。それはユリだけでなくモンペンも同様だった。


ユリ達はとりあえずユーキの戻りを待った。しかし、日が暮れても彼は戻らなかった。


夜の旅路は雑魚とペンギンだけでは危険である。合流しやすいと思われる近くの街へ向かうことにした。



 その街は赤い雨が通った直後なのか、石になった人々が大勢転がっていた。


「ひ…!」


ユリはその光景に赤い雨に襲われた時のことがフラッシュバックする。それ程にトラウマとなっていた。


「あれ?帽子が…。」


同時に帽子がないことに気づきショックを受ける。役に立たないどころか彼の買ってくれた帽子まで失ってしまったようだ。


周囲を見渡すと水溜まりが土の色をしている。泥人形の姿もなく周囲には泥の塊が落ちている。


赤い雨が去ったら普通の雨水や泥に戻るようだ。



 石になった人々を冒険団が建物の中に重たそうに運びこんでいる。壊れることのないように移動作業に追われているようだ。


冒険団のひとりの男性が近寄って来る。


「その癖毛…ねぇ君、ちょっといいかい?」


「役に立たない雑魚ですが何か用ですか?」


筋力E体力Eでは運ぶ手伝いもできない。役に立てない不甲斐なさからひねくれた返しをしてしまう。


「今冒険団で魔力SSの力を持つ女の子を探してるんだ。君だったりしないかい?」


「え?さ、さぁ。何故探してるんですか?」


「赤い雨に対抗するためにその子の力が必要なんだって。」


「えっ!そうなんですか!?」


その時ユリが感じたのは自己肯定感だった。雑魚である自分がやっと役に立てると。


しかしユーキに相談せずに名乗り出ていいものか。ユリは悩みその場から動かなかった。


そして逃げる最大のチャンスを失ったのだった。


「お前が魔力SSの少女だな?ようやく見つけたぜ。」


無造作な黒髪をかきながら青年が近づく。


「あなたは誰ですか?」


「アヴァロンの王子グレイだ。お前の力が必要なんだ。協力してもらうぞ。」


グレイ。エデンから聞いたことがある名前だった。アヴァロンの王子、上級の魔法使い、そして、エデンの友達である。


そのグレイも困っているならなおのこと力になりたい。ユリは冒険団に協力することにした。


不意にモンペンが立ち塞がる。


「モンペン?」


モンペンは汗が噴き出ている。相当緊張している様子である。


ーーお嬢!逃げろ!こいつなんか変だ!


『雷』


視界が真っ白に光りユリは目を瞑った。


ドンッ!!


「ギエエエエエエエエエ!!」


「え!?」


聞いたこともない断末魔の叫びに目を開ける。




目の前には体を黒く焼き焦がし倒れるモンペンの姿があった。




「あ!?ああああああ!?モンペン!?モンペェェェェン!!」


モンペンの状態を見る。強力な雷の魔法を受け全身が焼かれている。意識はすでになく息も絶え絶えで致命傷であることがわかる。


全身の大火傷。これでは器用に処置しようにもどうしようもない。


「すまんなぁ。力み過ぎたようだ。さぁ行くぞ。」


ユリはグレイに腕を掴まれモンペンから引き剥がされる。この状態で放置してはモンペンが死に絶えてしまう。


「モンペン!!モンペン!!嫌です!!モンペンが死んじゃう!!モンペンを助けて!!誰か!!誰かぁぁあ!!」


ユリは腕から逃れようと必死にもがくが雑魚であるためびくともしない。周囲に必死に助けを求めても無視される。魔物の生死などどうでもいいのである。


(こんなのひどい!モンペンは私を守ろうとしただけなのに…!あんまりです…!)


周囲の人間に対する怒りが湧く。


ユリは鞄の中を漁りクラフトや調理に愛用する簡素なナイフを握りしめた。





「はなしてください!!」


グレイは一際大きい声にため息を吐き魔力SSの少女を見た。


そしてその腕から手を離す。


少女は自分の首にナイフを突きつけていた。


「フー!フー!」


気が動転しているように息が荒い。今にも自分の首を掻き切らん剣幕である。


「お、おい!早まるな!」


「うるさいですね!!もう全てどうでもいいことです!!どうせみんな死ぬんです!!モンペンを見殺しにするやつらなんてみんな死んじゃえばいいんです!!」


勿論ユリは雑魚であるためこのような度胸はない。器用な演技である。演技は演技でも自分が感じた感情を5倍くらいに器用に表現していた。


その迫真の演技は周囲の人にユリが本気で死のうとしていると思い込ませた。


「ば、馬鹿!やめろ!死ぬな!お前が死んだら困る!」


「それなら早くモンペンを助けてください!でなければ!このまま死にます!!」


「わ、わかった。今から治す。早まるなよ?」


グレイはユリを視界からはずれないように移動しつつモンペンに近づく。そして『回復』の魔法を唱えた。


上級の魔法使いの回復魔法は強力である。しばらく経った後、モンペンは元の通り白いふかふかの姿に戻った。


ユリは自分の首にナイフを当てたままモンペンに近づく。意識はないが胸が緩やかに上下している。これでモンペンは大丈夫。次は自分である。


全員が自分の持っているナイフに注目している。ユリは後ろ手にある物をモンペンの口に器用にいれた。


『スタン』


「あ゛!?」


突然高圧な電流が襲う。意識は暗転し持っていたナイフが虚しくその場に落ちた。








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