3話 雑魚
「ぐッ…ああああッ!」
押し殺そうとして失敗したユーキの声が聞こえる。
恐る恐るユリが目を開けると、苦しげに呻いているユーキの姿がある。左の前腕を押さえておりそこから血が溢れている。そして、視界の隅に何かが転がっている。
(あ、ユーキの腕が落ちてる・・・。)
それを見た瞬間、雑魚なユリはふらっと意識を飛ばしかける。それを抱き止めたのはパンツ一丁の勇者エデンだった。
「よし、綺麗に斬れたね。それじゃ、あのダンジョンに転移するよ。」
「ふぁ?」と生返事をしながら、ユリはエデンの魔法で『転移』した。
そこは現在エデンが私物にしアルマのお墓として使っている、『能力が入れ替わるダンジョン』であった。
モンペンは心配そうな顔をしていたが入り口で待機してもらった。
エデンは激痛に悶えるユーキに肩を貸しつつ、もぺっとしているユリの手を引っ張りダンジョンに入る。幸運にも、ユリにエデンの魔法の才能が一回で入れ替わる。
「ふぁ、えでんはん、おねがいしまふ。」
「うん、ユリちゃん、よろしくね。」
「え?」
「え?」
ユリは予期せぬ展開に気絶寸前にも関わらず呆気に取られる。まさか、腕を斬り落としといて、その回復を雑魚である自分に押し付けるとは思わなかった。
エデンもまた呆気に取られていた。当たり前である。自分は魔法の制御が下手である。
ユリなら器用だし無くなったばかりの腕を回復できるだろう。そう考え、エデンはこのダンジョンに来て能力の入れ替えを意図したのだった。
ユリはキョロキョロと助け舟を探す。その拍子にユーキの無い腕が視界に入る。
「やだ」
大切な人の腕がない。その現実は雑魚なユリには受け入れられなかった。
「やだ、やだ、やだ、やだ、やだあああ!!」
「え、ユリちゃん、どしたの!?落ち着いて!?」
ユリはその場から逃げようとしたが、パンツのエデンに捕まる。それでも、泣き喚きながら必死に暴れ、ユーキに向かおうとしない。
一刻も早くこの悪い夢から覚めなければ。腕のある彼の元に帰らなければ。そんな思いで無我夢中だった。
その肩に彼のじんわりと暖かい手が添えられる。
「落ち着け…ユリ…大丈夫だ…。」
ユリは泣きじゃくりながらも動きを止める。全部夢だと。大丈夫だと。彼ならそう言ってくれると期待していた。
「全部鍛錬だ…。」
「…鍛錬…ですか?夢じゃなくて?」
「ああ」とユーキは笑った。苦痛を隠そうとして失敗した、とても不器用な笑顔だった。
ユリはそれを見て後悔する。そうだった。彼に期待しても仕方がないと最近思い知ったばかりだった。
不器用な彼がひとりでこんなに頑張っているのである。器用SSな自分が雑魚だからと頑張らない言い訳はもうできなかった。
「…万事了解です。今すぐ治してみせましょう。」
ユリは立ち直り、回復の魔法に集中する。
エデンは二人を前に感嘆していた。この状況で平静を保つユーキの精神力も尋常ではないが、ユリの折れる速さと立ち直る速さも相当である。
まるで踏まれても立ち上がる、雑草のようだった。
かくして、ユリはエデンの魔法の才能を器用に使い、ユーキの腕を元通りに回復させることに成功した。
その後のユリは大変忙しなかった。一日にしては、あまりに凄惨な出来事だった。
まず、ダンジョンから出て、ユリは吐いた。
「おろろろろろろ!」
次に、モンペンのお腹に突撃し思いっきり泣く。
「うぇ〜〜〜ん、えぇ〜〜〜ん!」
ーーうわぁぁぁぁん、わぁぁぁぁん!
モンペンもつられて泣く。
次に、ユーキに突撃し謝罪する。
「すみませぇぇん、すみませぇぇん!」
ユーキも「すまんすまん」とつられて謝る。
次に、エデンに感謝を伝えるべく突撃しようとしてパンツ一丁であることに気づき、寸前で止まる。童顔に似合わぬ筋肉質な体である。
「どうしたの、ユリちゃん。ほらおいで、怖くないよ?」
「きゃあああああ!!きゃあああああ!!」
エデンが絶叫するユリに近寄ろうとするのを、ユーキが間に入り阻止する。
と、いったやりとりを3回くらい繰り返した後、ユリは電池が切れたように今度こそ意識を失い、漸く休むことができたのだった。
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