2話 赤い雨
次の日、ユリ達一行は『ガーデン』の街を探索することにした。
「あ、見てください。チョコキャラ作りの体験コーナーですって!楽しそう!ちょっとだけやってきます!」
ユリはチョコでキャラクターを作るコーナーに参加する。手のひらサイズの四角いチョコを前にユリは調理やクラフトに愛用している簡素なナイフを構える。
瞬間、目に見えぬ速さで器用に彫刻していき、リアルなチョコモンペンを作り上げた。あまりの速さと出来栄えにモンペンと見物していた人々が歓声を上げる。
ーー俺の子供だ!お嬢が俺の子供を産…ンガ!?
「ふふん、すごいでしょう!なんてったって私は器用SSのユ…ムガ!?」
ユーキは凄まじい速さでモンペンとユリの顔を掴み上げる。
「…急に鍛錬をしたくなった。」
ユリは「なぜ今!?」と思いながらもモンペンと共にユーキに引き摺られていく。
ーー俺の子供ォォーーーー!
モンペンの叫びも虚しく、モンペンジュニアはその場に置いてけぼりにされてしまった。
以降、ユーキの奇怪な行動が現れ始める。
「鍛錬になる」と謎の理由で癖毛を結び帽子の着用を強制され、「これも鍛錬だ」といきなり物陰に押し込まれる等、普段の彼とは思えぬ謎な振る舞いである。
しかも、新商品のビールの試飲すらも断った。
これにはユリも流石に絶句した。ビール大好きなユーキがそれを断るなどあまりにおかしい。きっとこれから雨でも降るのだろう。ユリは空を気にしながら探索を続けた。
そして、それは良からぬ形で的中することになる。
夕方の刻、雨雲が空にあるのを見つけて、ユリ達は傘を買おうと店の中に入る。すると、案の定ぽたぽたと外から雨音が聞こえてきた。
「ありゃ…雨が降ってきちゃいましたね。ユーキがビールを飲まないからです…よ……」
ユリは言葉を失う。同時に背筋に痛い程の寒気が走った。
『赤い雨』だ。窓に滴る雨水が薄らと赤かった。
「体がっ、体が石にっ、誰かぁあ!」
外にいる一人の女性が悲鳴を上げながら助けを求める。程なくして全身を石化させ動かなくなった。外で赤い雨に当たった人々が次々に石像のように体を石化させていく。
「ひぃっ!?」
「…成程、この雨に当たると石化するのか。」
ユーキの言葉にユリはぞっとする。自分達はたまたま屋内にいたから助かっただけであった。
「モ、モンペンは!?」
モンペンは魔物であるため店の外で待ってもらっていた。赤い雨に当たってしまっていた。
ーーお、呼んだか、お嬢!
モンペンは呼ばれて嬉しそうに店内に入ってくる。赤い雨に打たれたのに石化する様子がない。安堵しつつも何故モンペンが無事なのか、不思議だった。
屋内にいた人々が赤い雨から逃れられたと安堵したのも束の間、追い込むようにさらに事は起きた。
「ひ!?」
ユリは短い悲鳴をあげる。赤い雨が作った水溜まりから、泥でできた人型の魔物が湧いてきたのである。目と口は穴が開き、まるで人形のような異様な様だった。
それらが自身の体から泥を掴み取り屋内へ避難していた人々へ投げつけてきた。
窓を割り、ユリに向かって飛んできた泥を庇うように左手でキャッチしたのはユーキであった。
「うっ!?」
「ユーキ、すいません、大丈夫ですか!?」
二人は物陰に隠れる。ユーキは左手を隠すように押さえており状態がわからない。ユリが慌てて手当てをしようとするもユーキに制される。
「…大丈夫だ。それより、通信具で勇者に状況を知らせろ。」
「は、はい、わかりました!」
ユリはハートの魔道具で勇者一行に通信を試みる。
『もしもし、エデンだよ。今ね、お風呂入るとこ。そっちは?』
「エデンさん、赤い雨が降ってきて人が石化しています!助けてください!」
『えっ石化?わかった、今からそこに行くね。』
通信が切れた後、魔道具の位置をたどりパンツ一丁の勇者エデンがユリの目の前に『転移』してくる。
「来たよ。」
「えっ、なっ!?ななななななんで!?」
ユリは激しく動揺する。まさかエデンがパンツ姿でいきなり転移して来るとは思わなかった。
エデンは「友達だもん、当然でしょ。」と微笑みユーキへ向く。ユリは口を開閉させることしかできなかった。
「腕、さっさと見せなよ。堅物ゴリラ。」
「…少しは察しろ、天然ザル。」
ユーキが怪訝な顔でエデンに左手を見せる。すでに前腕の半分まで石化が進んでいた。
ユリは石化しているとは思わず愕然とする。全然大丈夫じゃなかった。赤い雨だけでなく泥に当たっても石化が始まってしまうようだ。
エデンはそれを少しの間観察するように見つめた後、ユーキの肘周りをきつく縛り始める。
「この石化は治癒できない。でもただの怪我なら治癒の可能性はあると思う、たぶん!」
「え?」
「わかった」とユーキは石になっている腕を上げ、ぐっと噛み締める。
「ユーキ、行くよ!」
「え?」
エデンがユーキの剣を借り、振り上げる。ユリはさっきからエデンとユーキを交互に見比べることしかできない。何をするつもりなのか理解できなかった。
「ユリ、目を潰れ!」
「!」
ユーキの大きな声に驚きユリは目を瞑った。
理解できないのではない。理解しなくなかった。
この時ユリは赤い雨を前に狼狽えることしかできないただの雑魚だった。
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