29話 てにもつけん
魔王ディーンがエデンの体の主導権を奪った時、目の前には自分を追いかけてきたアルマの姿があった。
(アルマ、逃げて!僕はもうディーンを抑えられない!ディーンが君を殺してしまう...!)
呼びかけは声にならない。エデンの体が左手に剣を持ったまま、きょとんとしているアルマに近づいていく。
『魔女か。お前はもう用無しだったな。』
アルマは「にゃあ」とエデンの足に愛情表現するように体を擦りつける。
そんな無防備なアルマにディーンが左手に持つ剣を突き刺そうとする。
(その剣は!)
その剣は、彼女が誰も死なないようにと願い、一生懸命研究し作り上げた、
(嫌だ、絶対に嫌だ!!)
間違ってもこの剣で彼女を殺したくない。エデンはディーンの支配を強く拒絶し、右手で左の手首を持ちアルマへの攻撃を阻止する。
『邪魔をするな。』
エデンの体はぴたりと動きを止める。エデンとディーンが体の主導権をかけて激しく攻防をしていた。
「エデン、大丈夫か!?」
「エデン?疲れたかな?休みなしだもんな?」
そこにマイとボドーもエデンを案じ駆けつける。
自分が魔王だと言っても共に戦ってくれた存在、大切な仲間。失いたくない。
魔王ディーンは無感情の魔王である。その意志とは、魔王の威厳のため、自分が一度発した言を実行しようという単純なものであった。
そんなディーンにはないものをエデンはすでに手に入れていた。
感情である。
(この剣で殺すのは嫌だ!アルマは殺すのは嫌だ!マイを殺すのは嫌だ!ボドーを殺すのは嫌だ!彼女の前で誰かを殺すのは嫌だ!彼女を悲しませるのは嫌だ!これ以上人を殺すのは嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!!)
感情に突き動かされた意志の強さは凄まじくディーンを退けていく。
『弱者が。精々気を張るが良い。我はここにいるのだからなぁ...。』
ディーンの声が忌々し気に遠ざかっていった。
同時にロアの目の前に突き刺さっていた光の剣が消失する。ディーンを退けることができたようだ。
ロアは茫然としている。いつまでも動こうとしない様子にエデンは苛立つ。
「...何してるの。早く消えなよ。殺しちゃうよ。」
「...受け入れてくださった?魔王様が?私をッッッ!!」
ロアは感激し涙を流しながら敬愛の眼差しを向ける。
エデンはロアに本態的な嫌悪を抱く。人々を身勝手に混乱させといてなんと都合の良いことか。こんな眼差し向けられても鳥肌がたつだけである。
「いいから、さっさと消えろッ!」
「仰せのままに。我が王よ...。」
ロアは怪しい笑みを浮かべながら『転移』の魔法でその場から姿を消す。
エデンは地面にへたり込む。今更ながら自分の手で仲間を殺しそうになったことに恐怖を感じていた。
これからも支配されないように魔王ディーンと戦い続けなければならないのだ。
いつまでもディーンを抑えられる自信はエデンにはない。ディーンはいつでもここにいる。隙を窺っているのである。
誰かを殺される前に自分は今すぐにでもディーンを抱えたまま死んだ方がいいのかもしれない。それが仲間にとっても人々にとっても一番良い選択である。
しかし、それも選べなかった。
『感情』が邪魔をしていた。
「生きたいっ...。」
無感情だったエデンに涙と感情が溢れる。
ようやく自分がやりたいことを見つけた。人を殺さずに助ける喜びを知った。
大切な仲間達に巡り会えた。
どうしようもなく生きて旅を続けたいと思ってしまうのだ。
「もう少しだけっ...あと少しだけで良いっ...僕は生きたいっ...僕にはまだっ...やりたいことがあるんだっ...。」
エデンは泣きながら訴え続ける。
無様に生きたいと乞う魔王のその姿は、ただの人間だった。
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