28話 きみ
エデンはマイとボドーと共に満身創痍な状態で座り込んでいた。周囲には武器を失い、激痛に悶えている兵士が転がっている。
無論、全員生存している。エデン達は1000人の兵士を相手に殺さずに戦闘不能とすることができたのである。
「よし、エデン!次だな!」
「...ん?まだ終わってないんじゃないか?え、終わったのか?」
マイは気が早めに、ボドーは気が遅めに、エデンの左右から声をかけてくる。左右のテンポの違いに混乱するも楽しい二人を前に笑い出す。
爽快な気持ちだった。たくさんの命を奪ってもそこに残るのは虚無感だった。しかし、殺さずに争いを止められた。そうしたら、どうしようもない程の充足感を味わうことになったのである。
(君はどんな顔するのかな。喜んでくれるかな?)
楽しみに待っていると、意識のないグレイ、シロナ、ロアを連れ、砂埃で薄汚れたアルマが目の前に『転移』してくる。
「アルマ、お疲れ様。」
労いを込めてアルマの頭を撫でる。アルマのお気に入りの帽子はなくなっていた。激戦を戦い抜いたことがわかる。
アルマは周囲の兵達が生きているのに気がつく。
そして、自身と同様に薄汚れている自分を見て「にゃあ」と嬉しそうに笑った。
久しぶりにアルマの笑顔を見た気がした。同時に思わずにはいられなかった。
この笑顔が見られるのなら、もっと人を助けても良いと。いや、むしろ、助けたいと。
「ああああああああああああ!!」
「「「!?」」」
突然絶叫しながらその場から逃げ出したのはロアであった。意識が戻ったようだ。
「ロア、どこに行くつもりだ!?」
エデンはすぐさま反射し白い光の剣を持ったまま追いかける。アルマとマイとボドーは疲れ果てており、直ぐには反応できないでいた。
冒険団達は団長の格好をした魔物が走り去る姿を、蒼白な顔で見つめていた。
エデンは逃げるロアを追いかける。
「待て、待てったら、ロア!」
「あああああああ!!あああああああ!!」
ロアは耳を塞ぎながら叫びまくっている。相当怯えているようである。
「く...追いつけない...!」
エデンは舌打ちをする。先程の戦いで体は重く足がだるくて仕方がなかった。距離が空いていく。このままでは逃げられてしまう。
『手を貸そう。』
「え!?」
頭に魔王ディーンの温度のない声が響く。そして、左手に青い魔法陣が無意識に光り、遮るように『光の剣』がロアの目の前の地面に突き刺さる。ディーンが魔法を使ったのである。
「ひゃあああああああああああああ!!」
ロアはさらにパニックを起こす。何かに気が付いたのか急に落ち着きを取り戻す。
「おやおや。これは我らが魔王の魔法『光の剣』ではないですか。これを使えると言うことは、あなた様は本当に魔王様なのですね。」
「そう言ったでしょ。」
息を切らしながら不機嫌に返す。毎度ロアの気分の起伏に振り回されうんざりである。
そんな心から嫌悪しているエデンを他所に、ロアは歓喜に震える。
「ああ...!我らが崇高なる魔物の王よ!私は戦いました!力がないからこそ知略をもって!殺された同胞のため!愚かな冒険団どもを操作し!人間どもに報復を企てたのです!何卒私めをあなた様の配下に加えて頂けませぬか...!?」
エデンはロアの言葉の真意がすぐにわからずキョトンとする。今、重要なことを喋った気がした。
「操作、報復?それじゃ、偽の宣告を出したのはロアなの?」
「然り!」
ロアは認める。偽の魔王の宣告により冒険団と王国軍に殺し合いをさせ、疲弊したところを魔物が討つ。ロアは漁夫の利を狙ったのである。
人間と魔物の優劣を示せ。その偽の宣告の正体が魔物だとは思い至らず、エデンは固まる。
魔王の名を騙った張本人が目の前にいる。魔王ディーンがそれを見逃すはずがなかった。
『お前が事の発端か。我が名を騙った代償は高く付くぞ。』
「あ!?」
ディーンの声が再び聞こえた瞬間、頭に激痛が走る。左手から感覚が奪われていく。先程の消失ではなく、じわじわと支配されていくような感覚である。
「う、あああ、ああああ...!」
「魔王様!?魔王様ぁぁあああ!?」
『魔王として始末をつける。消えぬのならそのままで良い。少々代わってもらおう。』
魔王ディーンが一時的に体の主導権を奪おうとしている。エデンは先程の戦闘もあり、身も心も限界である。支配を止めることができず、自分の体ではなくなっていく感覚に恐怖する。
「うああ...いや...だ...。」
『何故抵抗する。お前がそやつを助ける義理はなかろう。』
「!」
その通りである。ロアは弱っているアルマに追い討ちをかけ人を殺させようとした卑怯者である。魔王の名を偽りこの争いを起こした引き金でもある。ロアを守る価値など感じなかった。
それに気づいた瞬間さらに支配が進む。もはや自分の意思で声を出すこともできない。
『それで良い。そこで見ているがいい。』
エデンは体の主導権を魔王ディーンに奪われてしまった。
「にゃあ?」
そんなこの上なく悪いタイミングで、アルマの声がすぐそばで聞こえた。
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