21話 まるごし

 南部、アヴァロン城にて。


「嘘だろ。」


アヴァロンの国の王子、グレイは嘆いていた。


グレイの目の前には戦闘狂いの妹とは思えぬシロナの姿があった。


シロナは大嫌いなはずの執務を黙黙とこなしている。そっとグレイが自分の分の書類を置いても気づいた様子はない。


シロナは思いついたように時折手を止め、窓を眺める。そして、ふぅと上品なため息を吐き再び書類に向かい合う。


心ここに在らず。目の前に立つ兄など全く視界に入っていない。


兄としての直感が告げる。戦闘狂の妹は、鬼のような所業をしてみせたあの金髪の剣士エデンに恋をしていると。


よろめきながら、グレイは妹の部屋より退室した。


「...嘘だろ、なぁ、誰か、嘘だと言ってくれ...。」


壁を背に項垂れる。


妹の婚約者とはそれなりにうまくやっていきたいと思っていた。しかし、どうやらその相手はエデンである可能性が高いようだ。あの得体の知れない男と家族になるなど鳥肌ものである。


戦闘狂の妹を丸め込むなら同じ性格をした鬼か、もしくは海のように寛容な神の類だと思っていた。それがまさか鬼神の如しエデンであるとは、ある意味納得である。


しかし、妹を大事にできるのか。あの無機質な男に。


エデンをどうにかできないものか。


グレイが悩んでいるところに、兵士が焦り気味にやってくる。


「グレイ様!急ぎの報告がございます!」


「なんだぁ...?俺は今猛烈に頭が忙しいんだ。」


「それが、先日のかの魔法使いと剣士がこの城の門までやってきたのです!」


「なんだと!?」


グレイは城の門へ急いだ。



 グレイが城の門に着いた時、エデンとアルマは大勢の兵士に囲まれていた。二人からは剣を抜く様子も魔法を唱える様子もない。


「ほぅ、事情があって来た、というところか。」


グレイは話を聞こうと兵士の中をかき分けエデン達の元へ歩み寄る。


目の前に来てエデンの顔を見た時、意表を突かれることとなる。


エデンの目が違っていた。瞳は憂いを帯びつつ、その奥に堅固たる意思を宿している。先日の無機質な様子とは雲泥の差である。


ちなみにアルマはエデンの胸元から顔を出しかちんこちんに固まっている。


「...何なんだ、一体何があったんだ?」


「アルマがよく躓くから抱っこしただけだよ。ところでグレイ、君と話がしたくてここに来たんだけど少しいいかな?」


丁度良いタイミングである。しかし、エデンには以前に大勢の部下を斬り伏せられている。警戒を怠ることはできなかった。


「話だと。あんだけやられたばかりだぜ。信用できると思うか?」


「あの時は...ごめん...。今日は本当に戦うつもりはないんだ。信用できないならこれ、渡すよ。」


剣が差し出される。感心しつつその剣を受け取った。


「エデン、わかってるのか。お前は敵の真っ只中に丸腰で飛び込もうとしてるんだぜ?」


「うん、わかってる。でも、もしアルマに危害を加えようとしたらその時は応戦するよ。」


胸元から顔を出しているアルマがみるみるうちに顔を赤くしていく。対し、丸腰となったエデンは変わらずに強い意志が感じられる。


こいつらに何があったか話を聞いてみたい。


好奇心は限界だった。


「いいだろう。その話、聞かせてもらおうか。ただし、俺の部屋でな!命の保証はないぜ!」


「うん、わかった。ありがとうグレイ。」


エデンはふにゃっと笑う。


その笑顔を前に、グレイは兄と呼ばれる未来も満更悪くないかもしれないと思うのだった。


グレイはエデンとアルマを自室に連れて行った。

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