第30話 魔王戦②

 雑魚な少女はひとり魔王と対峙した。


魔王ディーンはそれを塵でも眺めるように見下す。


ユリには何の戦闘力もないため、口が動く限り会話で時間稼ぎをするしかない。


「わ、私はユリと申します...。」


とりあえず震えながら挨拶をする。魔王を目の前にユリの頭は真っ白になっていた。


『よろしく頼む、小物。お別れだな。』


間髪いわず、光の剣がぎらっと全てユリを向く。ユリはびくっとさらに震える。消え入りそうな声を恐る恐ると振り絞る。


「め、冥土のお土産にお聞きしたいことがあるんです...。なぜ私に青の魔法陣を隠したのですか...?」


『あの魔女を殺す際にそれを使った。周囲にそれを知られたら面倒だ。最も都合の良い弱者に植え付くように魔法をかけた。もう良いかな?』


「ま、まだ...!な、なぜ魔法使いさんを手にかけたのですか?」


ユリは時間を稼ごうと必死に質問を続ける。


『あの魔女は周囲を弱体化し、あろうことか我を弱体化させようとした。万死に値する。』


その言葉はユリに違和感を与えた。


(魔王ディーンを魔法使いさんが弱らせた?)


その魔法使いは殺さずを誓っていた。そこには魔王すらも含まれていた。それを口にした試練のダンジョン攻略の数日後に魔法使いは殺されている。


(ディーンは受け入れきれなかった。魔法使いさんの想いを。だから殺した。)


その時、ユリの肩に何かが乗った。震えが止まる。


「私には魔法使いさんの記憶があります。なぜだと思いますか?」


『魔女のくだらない最期の悪足掻きだ。意味などない。』


「いいえ。死に際、魔法使いさんはエデンさんが魔王であるとわかりました。最期の魔法を使って魔王の魔法陣を追ったんです。仲間達を助けてもらうために...!エデンさんを助けてもらうために!」


その魔法使いにとっては、エデンが自分を殺そうと、魔王であろうと、大切な仲間であることには変わりない。ユリに勇者一行を心配した気持ちが届いたのはそのためである。


ディーンは目の前の小物である少女の雰囲気が突如変わったことに意表を突かれ動かずにいる。


光の剣の一つがぶれ始める。


「私に彼女の記憶があるのは、彼女がここにいるからです!!」


ユリの声には二人分の意志が込められているようだった。


ユリは強く意志を込め話し続ける。


「あなたなんか...怖くありません。あなたよりエデンさんの方が強かった。だって彼は全て受け入れていた!魔王としての自分も!勇者である自分も!仲間も!仲間を手にかけた苦しみも全部!!」


魔王である自身より人間の人格の方が勝る。

ディーンより殺意が放たれる。


ユリは動じない。


そんなことよりも、仲間を自分の手により目の前で殺させられたエデンのことを想っていた。


魔王に姿を変える前の、エデンの泣きながら魔法使いの名前を呼ぶ悲痛な姿が思い出される。


あの時、すぐに伝えられれば良かった。


魔法使いは何も怒ってなんかいなかった。


魔法使いは勇者一行としての冒険を心から楽しんでいた。


エデンが仲間達と一緒にいることは何も悪いことなんかじゃなかった。


エデンがあそこまで自分を責め続ける必要なんかなかった。


ユリは魔法使いの仲間達との冒険の記憶、魔法使いのエデンへの想い、そして自分の想いを込めて叫ぶ。


「それを不要と切り捨てる臆病なあなたなんかより、仲間想いで天然なエデンさんの方が何億倍も強いんです!!」


その言葉はディーンに一瞬で怒髪天を衝く程の怒りを湧かせた。


『もう良い。無駄な時間だった。黙るがいい。』


その声は冷ややかながら確かな殺意が込められる。


ディーンが一切の容赦なくユリに全ての光の剣を放つ。


「ユリ、逃げろ!」


ユーキがよろけながら立ち上がるが間に合わない。


ユリはその姿に満足気な表情を浮かべる。


「ほ、ほら、足手纏いじゃない...。」


ユリが動くと折角回復したユーキに攻撃が当たる可能性がある。


それ以前に筋力E体力Eの雑魚なユリには避ける手段がない。


ユリは死を覚悟し、その場に立ち尽くした。


甲高い音が響いた。





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