第29話 魔王戦①

 宮殿の中では、魔王ディーンが玉座に座り待ち構えていた。


『ひとりか。舐められたものだな。』

「あの?私もいますけど。」

「ただの皮肉だ。察してやれ。」


「エデンさん!助けに来ました!こんなことやめて一緒に帰りましょう!」


ユリが気を取り直し、魔王に向かって呼びかける。


『我は魔王ディーンである。エデンは我の人間の人格。この姿に戻った時不要なものは消し去った。エデンの人格はどこにもない。』


「...そうですか。それなら、あなたを倒して、エデンさんを引き摺り出すまでです!」


ユリはディーンの言葉に動揺しながらも揺れる瞳で睨む。


ディーンはその言葉にユリを一瞥し何かを考える。それも一瞬のことでユーキと対峙した。


『今、魔力はメテオールに集中している。お前と同じく剣で勝負をしてやろう。』


ディーンは自分の身の丈と同じ巨大な剣を両手に構える。ユーキもそれに応じ剣を構えた。


瞬間、魔王の周囲に青い魔法陣が現れ八本の光の剣が召喚される。その剣は空中で揃って円をかいた後それぞれの動きでユーキに切先を向けた。


「...随分器用だな。」


「ひ、卑怯ですよ!剣の数が違いすぎます!あと、魔法使ってますよね!?」


『え?』


「え?」


『魔法でも剣は剣である。お前は頭も悪いようだな。』


(ディーンは間違いなくエデンさんだ!)


ユリはその純粋な言動に確信する。戦闘の邪魔とならないようにソッと物陰に隠れた。



 ディーンが剣を振り下ろし、ユーキがそれを剣で受け止める。もう片方の剣が振るわれ、いなし後退した。そこを光の剣が様々な方向から狙う。


飛び交う剣を相手にその場に立ち止まることは死を意味していた。光の剣を切りふせても、すぐに再生している。


ユーキの防戦一方である。


『お前の孤高の姿は実に見物だった。そこの弱者に絆されるとは残念極まりない。』


「ユーキはあなたの玩具じゃない!私といるからって弱くなったりもしません!」


ユリがディーンの言葉に反論を堪えられず物陰から叫んだ。


『そうだ。お前が身の程を知らずに虚勢を張るため、試したいと思っていた。』


「え...試す?何を?」


不穏な気配を感じ、ユリが後ろを振り向くと光の剣がもう一つ召喚されていた。


「え?」


「ユリ!」


ユーキは目の前の剣を防ぐことで精一杯である。召喚された剣がユリに切先を向け、勢いよく迫る。


「!!」


避けることも出来ずユリは目を瞑った。体に衝撃が走る。



『やはり変わらないな。いつ何時も弱者は強者の足手纏いにしかならない。』



 目を開けると、ユーキが上に覆い被さっていた。


「ユーキ!?大丈夫ですか!?」


「あ、ああ...。」


その声は掠れ震えていた。ぼたぼたと熱い液体が流れ落ちてきている。ユリはユーキを見た。


「!!」


右肩、背中を光の剣が貫いている。その他にも体中に深傷があった。防御を全て捨て、自分の元に駆けつけることを優先したのは明白である。


ずぶりと剣が抜けていき、さらに血が吹き出す。


「ぐぅッ!」


「ユ、ユーキ...。」


慌ててそれらを抑え、止血しようとする。しかし、手は震え力が入らない。


『その傷と出血ならまもなく死に至るだろう。お前という弱者を守るためだ。弱者と強者が共にあるとはそういうことだ。お前達は間違っていた。』


ディーンの言葉が頭の中で反響した。


自分は足手纏い。雑魚である自分がユーキの隣を歩くのは間違いだった。


自分の無力さに涙が出る。体が冷えていき、感覚が遠くなる。絶望が広がり、目の前が真っ暗に染まった。


「違う...!」


そんな体のどこからそんな声を出せるのか。振り絞るような声が聞こえた。


「俺は、お前に、救われたんだ...!」


重ねられた手から暖かさが分かち合うように広がっていく。


痛みを堪え真っ直ぐに自分を見つめる瞳にはいつの間にか小さな光が灯っていた。その灯りが絶望しか見えなくなっていたユリに光を灯した。


「お前との日々を、それだけは、間違いだとは、言わせない...!」


ユーキは体中に力を振り絞り立ち上がろうとする。傷から血が溢れ、肩を貫かれた右手は上がっていない。戦える状態ではないのは明白である。


「動いてはだめです!」


「俺はたくさんの人も魔物も殺してきた...!その痛みは、こんなものではない...!この程度では、止まらないッ!!」


制止に構わず、ユーキは自分を奮い立たせようとする。


「わかりましたっ...わかりましたからっ...もう少しだけっ...もう少しだけこのままでいさせてくださいっ...。」


ユリは泣きながら訴えた。肩が震え抱きしめる腕に力が入る。


それはまるで、これから訪れるであろう永遠の別れを必死に受け入れようとしているようである。


その様子に気がついたのか、ユーキは少しの間体から力を抜いた。


ユリはどんなに器用でも、強くなったつもりでも、人一倍思い込みが強いだけの雑魚な少女に過ぎなかった。





はずだった。




「はい。止血完了です。動かず自分の回復に専念してください。時間を稼ぎます。」


「は?」


ユリはユーキの決死の覚悟を前に自分の力を最大限に発揮したのだった。


ユーキをディーンから隠すように抱きしめつつ、わずかな間に応急処置を器用に施していた。これにより、失血死は免れ回復魔法を施す余地ができた。


ディーンはユーキの死を確信している。力ばかりに固執し、弱者であるユリの器用さは全く見ていなかったのだった。


「ユリ...!」


ユーキはひ弱な腕を掴もうとする。しかし、器用に抜け離れていった。

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