第20話 エデン②

 ユリ達は青の魔法陣の情報を調べつつ、勇者一行と同行し、魔王城に向かっていた。


その夜の道中のこと。


 疑いが晴れたユリは一同へのお礼も兼ね、料理を振る舞おうと張り切る。石窯をその場で即席で作成し、生地をこね、手作りのパンを焼き上げた。適当に作ったスープとりんごのジャムも添えてみんなで食事をする。


「こんなにパンを美味しく食べれたのは初めてだ!さすが嫁だな!」


マイが手作りかつ焼きたてのパンの味に感動し、ついでに早とちりをする。


「まだ違いますよ。後で作り方教えますね!」


ユリはさらりと笑顔で言い放つ。隣でスープを飲んでいたユーキはむせ込む。


「食べ切ってしまっていいんだろうか、よくないかな?」


ボドーはあまりの美味しさに不安が込み上げ、モンペンに確認する。その時、モンペンは、この隣の男の言うことがよくわからないがいらないと自分に伝えていると解釈し、ボドーのパンを一瞬で飲み込んだ。


「あれ?パンが消えた?俺の、俺のパン...。」


ボドーは涙を浮かべ無くなったパンを探した。


「えー、このジャムってパンにつけるんだったの?スープに全部入れちゃった。ははっ。」


エデンは誰も予想をしなかった失敗をしてしまい、ケタケタと笑っている。



 食事を食べ終え、各々休んでいる頃のこと。


モンペンは普段以上にお腹が満たされ、満足そうな表情を浮かべ寝ている。


ユーキがマイとボドーに近づく。


「付き合えよ。」


ユーキはそう言い二人を手合わせに誘う。ユーキは剣技に長けている。しかし、先日『ソル』にてこの独特な二人に押さえ込まれたことが解せなかった。


「デートか!構わないが惚れるなよ!」


マイが早とちりと一緒に好戦的な姿勢で立ち上がる。


「いいだろう!...え?まさか?違うよな?」


ボドーは不安気な足取りで立ち上がる。


 三人が手合わせをしているのを、ユリとエデンは少し離れたところに座り眺める。


「ユーキが楽しそうで嬉しいです。私じゃデコピンで意識が飛びますから。」


「へー、彼は指も強いんだね。」


ユリの言葉にエデンが驚く。


「あはは...私が貧弱なんですよ。」


ユリはエデンの素直な反応に苦笑する。エデンの前では言葉に気をつけることにした。


「彼、少し変わったよね。前は人と関わろうとしなかった。君達が一緒にいたからかな。」


「え、そうですか!?嬉しいです!」


一緒にいると気づかないがユーキに変化があることを指摘され、ユリは喜ぶ。


「でも根本は変わらない。君はどうするのかな。彼の正当な道への公正か、それともその逆か。」


「え、正当、逆?どういう意味ですか?」


言葉の真意がわからず、ユリは聞き返す。


「大変だと思うけどがんばってねってこと。」


エデンは微笑み、はぐらかすようにユリの頭をわしゃわしゃと撫でる。柔らかい手の感触にユリはどこか親しみを感じた。


 ユリとエデンの会話が続く。


「君はなんで旅をしてるの?」


「私、勇者さん達の力になりたかったんです!」


「僕たちの?」


「はい、信じてもらえないかもしれませんが、ある日、魔法使いさんの記憶が私の頭に断片的に流れ込んできたんです。」


「え、ア...彼女の!?」


「死んでしまう中、すごく勇者さん達を心配していました。そしたら居ても立っても居られなくて!ま、まぁ、結局『無能力』で冒険団には入れませんでしたが...。」


ユリが自分の行いを恥じらいつつ話す。


「そっか。そうなのか...。」


エデンはそう繰り返し、目を閉じ俯いた。



 しばらくそのまま、ユリとエデンは手合わせをしている三人を眺めていた。


「そろそろ行こうかな。」


「そうですね。」


エデンが腰を上げる。ユリも続いて立ち上がった。


「はじめはただの暇潰しだったんだ。誰が僕に気づくかなって。」


「え?」


「なのにみんな、いつまでも気づかずに僕を信じて。笑っちゃうよ。でも仲間に囲まれるのは悪くなかった。それが、間違いだった...。」


「エデンさん?」


「こんな感情...いらなかった...。気づかなくてよかった...。自分にないものなんて知りたくなかった...。僕は僕のままでよかった...。なのに...!」


エデンは自分の拳を食い込む程強く握りしめている。肩が震え、顔を俯かせているため表情が見えない。


「アルマ...。」


その声は悲しげに掠れ、俯く顔より雫が落ちる。ユリはエデンのその様子に言葉を発せられずにいた。


「でも、創造も破壊も必要なことなんだ...。人が手を下さないなら、僕は......」


エデンは顔をぬぐい、少しの間言い淀む。


やがて、前を向き言い放った。



「僕は、全てを受け入れ巨悪に座し僕の正義を全うする。」




「!?」



 瞬間、エデンから堰を切ったように魔力が放出される。それにいち早く気づいたユーキがユリの前に駆けつけ剣を抜く。マイとボドーも異常に気づき駆け寄ろうとした。しかし、エデンは不自然に宙に浮いていき、二人の手は届かない。


「隠してくれてありがとう。返してもらうね、これ。」


エデンが指を曲げると、ぐいっとユリの体の奥にある何かが引っ張られる。


「あ...!?」


ユリから青い魔法陣が出現しエデンの左手に引き寄せられ消えた。


マイとボドーはその光景に何が起きてるのかわからない様子で動けずにいる。


エデンはそんな二人を見て笑った後、左手から変貌を遂げる。


その姿は、倍ほど大きく、黒く、そして、人間と魔物の混ざった姿である。


一同はその変貌を目の当たりにしても信じられない。


それが片手を掲げると空に巨大な青い魔法陣が広がる。


『選択を与える。』


空全体に低い声が響く。それは全ての地域に響き渡る重低音だった。


『5日後、全ての街にメテオールが振り注ぐ。』


ユリの脳裏に隕石が降り注ぐ光景が浮かび、戦慄が走る。


『止めたければ示せ。魔王城にて待つ。』


「エデン?」


マイが不安気な表情で名を呼ぶ。


『我は魔王ディーン。この世を破壊する者である。』


魔王はそう言い残し、その場から姿を消した。

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