第8話 りんごの森の熊さん①


 リンの故郷が近くなるにつれてその道中は寒くなっていった。


ユーキががくっと突っ伏した。寝てしまったようだ。


「あらら...。こたつにやられちゃいましたね。」


ユリは机とストーブと毛布を器用に改造し馬車ならず鳥車の中に手作りのこたつを精製していたのだった。

 

外は肌寒い。雪は降っていないが10度くらいだろうか。リンが元気にモンペンの手綱を引いてくれている。寒い地域が故郷なだけあり寒さには強いようだ。


「この一帯は少し寒いですね。」


「そうなの!一年を通して寒いの!その代わり街の少しはずれにりんごの森があってね!いつでも美味しく食べられたんだよ!」


リンが得意げに教えてくれる。モンペンが勢いよく振り向いた。


「えー!食べたいです!」

「今は食べられないけどね...。」

「え?」

「りんごの森を魔物が住処にしちゃってるんだ...。危なくて取りに行けないの。」

「そうなんですね...残念です...。」


ユリとモンペンはがっくりと項垂れた。



 一行は涼しい街『フレスコ』に到着した。


ユリ達はリンを家に送り届けた。祖母が出てくれた。姉はまだ帰っていないらしい。


ユリは街の男性に勇者一行について話を聞くことにした。


「勇者一行ねぇ...この時期だし来てくれるかもしれないな!」

「何かあるんですか?」

「名物のりんごの森にホワイトベアっていう危険な魔物が住んでしまってね。困ってるんだよ。3日後に冒険団から大勢助っ人が来て一斉に駆除してくれる手筈なのさ。」

「そ、そんな!なんとか穏便にことを進めることはできませんか?」

「こっちの死傷者もそれなりに出てるんだ。魔物風情に情けは無用だよ。」


ユリは口を結んだ。


(リンが言ってたように、以前魔物の襲来を受けたせいか魔物を憎んでいる...。リンだけでなく街全体に根付いているのですね...。)


ユリはユーキを見つめる。


「...なんだよ。」

「ユーキ、ほっとけません。」

「...言うと思った。」


ユーキは長くため息を吐いた。



 ユリは目を閉じ、魔法使いの記憶からホワイトベアの情報を引用する。


「ホワイトベアは見た目は白い熊です。普通の熊と一緒で甘いものを好みます。りんごの森を自分達の縄張りだと思ってるから、そこに近づく人間に危害を加えてしまうんでしょうね。」


「お前、急にどうした。」


「お気になさらず。たまに降りてくるんです。今ここに来るまでの道に、だいぶ離れではありますが、フルーツがいっぱいなっている森がありました。そこに誘導できればいいかもしれません。」


「どうやって。」


「私に考えがあります。」


ユリが手をバキッと鳴らした。



 ユリはいろんな素材から器用にホワイトベアの着ぐるみを一人分作成した。実物より小さいが見た目は完璧な逸品である。


(しかし、人間の臭いをなんとかしなければバレてしまう...。仕方ありません...。)


 ユリは震える足で焦点が合わない虚な目をした鳥、モンペンの前に行く。



 街はずれのりんごの森にて。


ホワイトベア達がリンゴを美味しそうに食べている。そこに、ホワイトベアの着ぐるみを着たユリが震えながら歩み寄っていく。


(うう...怖かった...。鳴き声を真似して人間とバレないようにしないと!大丈夫、きっとうまくいく!)


熊A「ゴア〜。」

(りんごなまらうめぇ〜。)


ユリ「グ、グア。」

(こ、こんにちは。)


熊B「ンガ?」

(ん?お前よだれ臭いな。かわいそうになぁ。)


ユリ「グア。」

(鳥に食われる災難があったのです。もう慣れました。)


熊C「ゴア。」

(お前、わやだな。)


ユリ「グア。」

(ここから東に進んだところに美味しそうな森がありましたよ。)


熊D「ンガ!?」

(マジか!?したっけここの全部食べ終わったら行くべさ!)


ユリ「グア!?」

(え!?今すぐ行かないと誰かに取られちゃうかもしれませんよ!?)


熊A B C D「ゴア〜。」

(なまらうめぇ〜。)


ユリ熊のホワイトベアの器用な物真似は完璧だった。ユリ熊は、その後もいろんな熊に話しかけた。


しかし、ホワイトベア達は目の前のりんごにすっかり夢中になってしまい、東に向かう熊はいなかった。



宿にて。


へとへとになったユリが宿に戻る。


「なんか、臭うぞ。」


ユーキにそれとなく距離を置かれる。


モンペンは嬉しそうにペンペン言いながら擦り寄ってくる。


お嬢!ガムみたいで美味だったぜ!


「ただいまです...その節はどうも...。話をしてみましたが駄目でした。伝えたんですけどみんなりんごの虜です...。」


「どうしようもないな。」


ユーキがベッドに寝そべり目を瞑る。


「あんな森さえなければ...。」


ユリは静かに呟いた。


その夜、ユリはお風呂でしっかりモンペンのよだれを洗い流した。その後、ホワイトベア達の縄張りにひとりで入った緊張からか死んだように寝た。



 その手に青い魔法陣が怪しく光った。



 

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