メモリーリセット⑨




初江は驚いたように言う。


「直正くん、200年前のことも憶えているのね」


その言葉に違和感はある。


―――憶えているというのと感覚は少し違う。

―――既に僕の記憶の中に当たり前のように埋め込まれていたんだ。

―――体感はしていないけど、知識として存在しているというのが近い。

―――だけどそれを言ったところで、何の意味もないだろうな・・・。


「僕はイルーゾの船の乗組員でした。 幹部でもないただの下っ端。 同じ役割の仲間は何人も死にましたよ」


そう言うと二人は納得したように頷く。


「ただイルーゾも含め、僕たちは他の生き方を知りませんでした。 財宝を求めて世界中を渡り歩くしかなかった」


直正の頭に浮かぶのは過去の辛い記憶。 もちろん楽しい日々もあったが、自分に残っている最後の記憶はとても悲惨なものだった。


「船を襲うこともあれば、沈没船を攫うことや洞窟を探索することもありました」


―――こんな過去のことを話しても意味がないのかもしれない。

―――新しいお母さんに話したら何をしでかすのか分からない。

―――・・・でも誰かにこのことは話しておきたいから。


そのような思いから直正は話し続けた。


「・・・その過程で恐ろしいペストに乗員は感染してしまったんです」


直正の脳裏に記憶が過った。


―――それは洞窟を探検している時だった。

―――おそらく洞窟の中にいた生き物に船員が噛まれたせいで感染してしまったんだ。

―――僕たちは洞窟の中にそんな危険なウイルスを持った生き物がいるだなんて知りもしなかった。

―――あまり詳しく調べずに向かったのがいけなかったのかもしれない。

―――あの時は財宝の在りかが分かるとすぐに出発してしまったから。


財宝を積み出してしまえばもうそこに用はなかった。 誰のものとも知らない白骨が転がり、清潔感のないそこに留まる必要性は皆無だった。 


―――そこに留まっていれば全員そこで死に財宝も残っていた。

―――だけど噛まれた船員も病気がすぐに発症したわけじゃないし、自然な流れだったと思う。


「瞬く間にイルーゾの船中に病気は広がり、船は動かなくなり沈んでしまいました。 大海賊として名声を轟かせていたイルーゾの名前も船も突然歴史から消えたのは、そういうことだったんです」


二人はそれを聞いて表情を暗くした。


「なるほど・・・。 そして当然あったはずの財宝の噂だけが独り歩きし始めたと」

「実際に財宝はあったので、それはそれで真実なんですけどね」

「それで? その財宝は今はないっていうのは?」


やはり初江は財宝の行方が気になるようだった。


―――できればここから先の話はしたくない。


だが隠し通せる気にもなれなかった。


「・・・200年前。 愚かにも僕はまた財宝を求めてしまったんです。 いや、300年経った今、全然関係のない貴女のような人ですら財宝を探すのだから、当然とも言えますよね」


その言葉だけでこの先何を言われるのか二人は察したようだ。


「そして僕は黒の悲劇を引き起こしてしまいました」


直正のせいで世界は変わってしまったのだ。


―――生まれ変わった僕がまた財宝のある洞窟を目指してしまったのがいけない。

―――感染した記憶は確かにあったけど、それは昔だけの話だと思っていた。

―――洞窟にまだ同じ生き物が生存しているだなんて考えもしなかった。


直正は目を伏せる。


「変異した黒死病によって20億人以上が死んでしまったらしいですね。 ・・・僕が原因で本当に申し訳ないことをしてしまいました」

「それで財宝は?」


反省している直正とは反対に初江は財宝にしか興味がなさそうだった。


「感染してもすぐに死ぬわけではありません。 船で財宝を運ぶ途中。 乗組員は船からの脱出を試みましたが、次々と病気で死に最終的には船は沈没してしまいました」


それ以降の記憶は辿っても出てこなかった。


―――僕の200年前の記憶はここまでだ。

―――そこで僕はおそらく死んだんだろう。


初江は今までの直正の言葉から考える。


「ということは、今頃財宝は・・・」


みるみるうちに青ざめていく初江に直正は言った。


「現在船が上がっていないということは、マリアナ海溝のような深い場所に沈んでしまったのでしょうね」



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