メモリーリセット⑩
それを聞くと白城は安堵したのか軽く息を吐いた。
―――僕もこれでよかったと思っている。
―――もう深い場所へ沈んでしまえば財宝を得ようとする人は現れないだろう。
―――財宝を引き上げることは不可能だから。
―――それに今更洞窟へ取りにいってももう遅い。
財宝が現在の価値でどのくらいになるのか直正は分からない。 だが記憶に残っている財宝はイルーゾの船に積み切れない程だった。 初江もそれが分かっているのか簡単には諦める気はないようだった。
「そんなことを言われて私が信じるとでも?」
「え?」
初江はクツクツと笑いながら懐からナイフを取り出した。
―――ナイフ・・・!?
―――一体どうして・・・。
初江の表情が完全に変わり、まるで別人のようになっている。
「子供が考えた作り話にしては、なかなか真に入っていてよくできていたと思うわ。 ただあくまで子供騙しなのよ。 黒の悲劇を起こしたのは自分です、だって?
そんな突拍子もないことを言って誤魔化そうとしても大人が信じるはずがないわ。 それに仮にアンタの言っていることが正しかったとしても、まだ財宝が残っている可能性は否定できない!!」
「・・・」
直正は何故ナイフが自分へ向けられているのかよく分からなかった。
「さぁ、言いなさい! 財宝の隠し場所を素直に言いなさい!!」
「ッ・・・!」
直正は取り戻した記憶の中、見えた光景に今の初江が重なるのを感じた。
―――みんなこうだ。
―――この新しいお母さんのように責められて僕のお父さんは亡くなったんだ。
―――無理な話だとは思うけど、僕の話を信じてくれないなんてみんな酷いよ・・・。
真実を話しても嘘を話しても何も話さなくても、結局は自分の信じたいことしか人は信じない。
―――・・・やっぱり最初から僕への愛情なんてなかった。
―――僕がこの人を信用せずに孤児院に残っていれば、こんなことにはならなかったんだ。
―――でも、そしたら・・・。
―――そしたら僕は永遠に本当のお母さんの記憶がないまま人生を送ることになっていたんだ。
―――今ここで本当のお母さんに会うこともできなかった。
白城にとってはそれが本望なのかもしれない。 だが今の直正は子供の人格なのだ。 親と完全に切り離されるのは悲し過ぎた。
―――だからここへ来てよかったと少しは思える。
「僕が過去のことを話すとみんなそう言うんです。 『まだ洞窟に財宝は残っているはずだ、そこまで案内しろ!』って」
「そりゃあ当然でしょう? 秘宝は現在の価値にして1000億ドルは下らないと見られていたのよ!? 一隻の船に財宝全てが乗るとは思えない!」
初江の言葉は自然なもので、事実そうであるが自身のミスに気付いていない。
「まぁ、そうでしょうね」
「でしょう!? ほら、財宝は確かにある!!」
「でも気付きませんか?」
「何がだ?」
「みんなそう言うということは昔の“僕自身”もそう考えたんですよ」
「ッ・・・!」
そう言うと初めて初江はハッとした表情を見せた。 どうやら今気付いたらしい。
「既に二度は行っているんです。 その時に僕は洞窟に残っていたものを全て引き上げました」
「そんな・・・ッ」
「しかも二度目は財宝の在りかが確実に分かっていたから、たくさんの船を予め用意していた」
初江の表情から魂が抜けていくようにさえ思えた。
「流石に200年も経てばウイルスは死滅しているでしょう。 だけど今更向かっても洞窟に残っているのは金銭的価値のないものだけです」
自分のしていたことの全てが無駄だった。 初江はそれを理解したのかふらふらと後退しながら全身を脱力させた。
―――僕が幼い頃、この記憶の意味を正確に理解していればお父さんは死ななくて済んだ。
―――結局、来世に受け継ぐ記憶で最も強いのは財宝によって満たされる物欲よりも、命を失う危険性の方が強い。
―――これで初江さんも諦めてくれるかな?
そう期待を込めて初江を見た。 しかし初江は徒労感からか逆上してしまっていたのだ。
「ッ、死ねぇぇぇ!!」
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