メモリーリセット⑧




記憶を失った装置を再度使い新士――――である直正は頭の中を整理していた。 自然と涙が流れてくるのは記憶が戻った証拠でもある。


―――今の記憶は僕の?

―――僕の小さい頃の記憶、だよね・・・?


直正はそれを全て思い出した。 もちろん父親の悲しい記憶も。


―――この装置を作ったのは・・・。


「・・・お母さん?」

「・・・」

「お母さんだよね!?」


目の前にいる女性に尋ねてはみたが、彼女――――白城は何も答えなかった。 それでも記憶を頼りに母親であると確信していた。


「僕だよ! 新士だよ!!」


―――僕はこの研究所を知っている。

―――それに孤児院からこの研究所までも近かった。

―――それはお母さんがずっと僕の近くにいてくれたということだ。

―――お母さんは僕のためを思って記憶を作り変えてくれた。

―――それは嬉しいことだけど、今まで本当のお母さんのことも全て忘れてしまうだなんて・・・。

―――それは寂し過ぎるよ。


実の母である白城の記憶も弄られていたため仕方のないことだ。 記憶改ざん装置は特殊な電磁波を使い記憶の保存領域へのアクセスを止める。 記憶は消えていたわけではなく引き出せなくなっていた。

そして大まかな調整は可能だが、微調整は無理だったのだ。


―――お母さんは僕の過去の記憶だけじゃなく、僕の人生ごとリセットしたんだ。


「直正くん。 全てを思い出したのよね?」


隣にいる新たな母になる予定の初江は言った。 ただ記憶が戻った今、彼女をどう扱うのかは難しい問題だと思っていた。


「やっぱりあの人は僕のお母さんなの?」

「それは・・・」


―――・・・この人は答えてくれない。

―――じゃあ本当に僕のお母さんということになる。

―――だとしたら僕の記憶が戻らないように止めようとしていたことも納得できる。

―――僕の記憶は封印していた方が絶対にいいはずだから。

―――あの時のことだけは絶対に忘れてはいけないはずなのに。


父の凄惨な現場を子供ながらに見たのはある程度耐性があったからでもある。 以前海賊として生きた時代があることを知っている。 人の命が現在程重くない時代と国。

直接その体験をしたわけではないが、間接的でも知ってさえいれば何とかなる。 そのため自分から進んで現場を見にいった。


―――この人は・・・。


初江は直正の疑問を誤魔化そうとした。


「そ、それよりも思い出したことを教えてくれる!?」

「・・・」

「貴方はイルーゾの秘宝のことを思い出した! そうでしょう!?」


肩を掴まれ強く揺さぶられる。 彼女は自分の顔を見ているが、もう自分のことを見ているわけではないのだと理解した。


―――・・・僕の新しいお母さんは僕のことを心から愛していない。

―――まだ時間が少ないからそれは仕方のないことだけど、僕よりも秘宝の方が大事なんだ。


正直もう彼女のことは冷めた目で見ることしかできない。 そしてここまで段取りを整え進めてきたのだから簡単には諦めないことも予想できた。


「・・・はい。 思い出しました」

「それを今すぐに教えて!!」

「秘宝なんて残っているはずがないじゃないですか」

「ッ、はぁ!?」


直正の言葉には初江だけではなく白城も驚いていた。


―――そう言えば本当のお母さんにもこのことを話していなかったな。


「考えてもみてください。 僕に残っているのは前世の記憶なんですよ?」

「やっぱり昔の記憶があるのは本当なのね・・・」


白城の言葉に直正は頷いた。


「だけどイルーゾが活躍・・・。 というのは語弊がありますが、彼が生きた時代は300年前。 例え前世で人の限界に迫る程生きたとしても、そんな時の流れは遡れないに決まっていますよね」

「ッ・・・!」

「どうして小さい頃に秘宝は既にないことを教えてくれなかったの? そうしていればもう少しやりようが・・・」


驚く初江の反面、白城が冷静に尋ねてきた。


「あの時の僕はまだ小さかったから記憶も朧気でした。 でも今記憶を取り戻したら細かいことも全て思い出したんです」


直正は遠くを見据えた。


「人生をリセットしてもイルーゾの秘宝の記憶は残り続けてきました。 何代もの僕を跨ぐ間、僕の人格は一定というわけでもありませんでした」

「過去の直正くんも秘宝を探しにいったことがあるということ?」


直正は初江のその言葉に頷いた。


「200年前。 全世界に悪魔的速度で感染を広げた伝染病を知っていますか?」

「・・・黒の悲劇」

「今ではそう呼ばれているらしいですね」


黒死病、つまりペストの大流行の再来だった。



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