メモリーリセット⑦




白城は新士の言葉を全く疑っていなかった。 最初は半信半疑だったが息子の様子が普通でないことから悟ったのだろう。 車を発車させるとスマートフォンの電源を入れ新士に手渡した。


「新士! 今すぐお父さんに連絡して!!」

「お父さんに? 分かった」


スマートフォンを受け取り市役所へ向かいながら父に連絡する。


「貴方!? 大変なの!」

『一体どうした?』


スピーカーにしながら父に新士の過去の記憶のことを話した。 それを助手席で聞いている間、新士はもし信じてくれなかったらどうするのかを考えていた。

だが流石は夫婦というべきか、白城の声音が冗談を言っている感じではなかっためか父は信じてくれたようだった。


『・・・それは本当か?』

「分からないけど、普通3歳の子供がこんなに難しい話をすると思う!?」

『海賊の生まれ変わり・・・。 そうか・・・。 だからあんなに過去のことに興味を示していたんだな』


父も元々思うところがあったようである。 記憶と同時に他の知識も持っていて、年齢に見合わない知能だったため信憑性も増した。


『分かった。 俺からも広めておく』

「えぇ、お願い。 もう市役所へ着くから私も言ってみるわ」

『あぁ』


通話を切るとほぼ同時、市役所へと着いた。 新士と共に入り早速伝えるのだが、どこへ伝えればいいのか分からない。 もしかしたら警察へ行くべきだったのかもしれない。

そう思ったがとりあえず総合案内を担当している場所で話すことにした。


「大海賊イルーゾの秘宝は危険なものなんです! もう探さないよう国に広めてください!!」


突然の申し出に面倒くさそうに受付の人が答える。 普通信じられないのは当たり前で、公共の場で仕事していればおかしな人を相手にすることも少なくない。

ただ頭から否定すれば相手も過熱してしまうのが分かってるためか、無下にあしらわれることもなかった。


「それは誰からの情報ですか?」

「息子からです!」

「息子さんから? またご冗談を・・・」


流石にその言葉には顔を歪め怪訝な表情を見せた。 新士と受付の人は目が合ったが、明らかに鼻で笑っている。


「本当なんです! 息子には過去の記憶があって!!」


当然だが前世の記憶があるだなんて信じてもらえなかった。 それでも受付の人は渋々対応してくれた。 おそらくは暇だったのだ。


「それで危険なものって何ですか?」

「詳しくは何か分からないんですが・・・。 息子の言葉からすれば、凶悪な伝染病とかなのかもしれません」


それが広がれば人類存続の危機となるのかもしれない。 受付の人は困ったように言う。


「もしその情報が誤っていたらどうするんです? それこそ世界は混乱しますよ」


だがやはり結局は信じてもらえなかった。


「・・・ならもういいです。 お時間をお取りして申し訳ありませんでした」


公共の力を借りることができないのなら、今度は自分たちだけで広めるため尽力することにした。


「どんなに時間をかけてもいい。 誰か一人でも信じてくれれば伝聞で広がる可能性がある」


時間がある時は外へ行き少しずつ噂話として流していった。



それからしばらくしてある日の出来事だった。


「・・・お父さん、帰ってこないわね」


通常帰ってくる時間になっても帰ってこず、翌朝になっても連絡一つなかったのだ。 心配になり父を探しに出たがもう既に遅かった。


「嘘・・・」


父は拉致されそのまま殺されてしまったらしいというのだ。 現場は凄惨を極め、そこにダイイングメッセージのように書かれた脅迫文を見て戦慄した。


“これ以上踏み込むなら全員殺す”


明らかに秘宝を狙う者たちによる犯行だった。 遺体からして激しい拷問をされたであろうことがすぐに分かった。 噂話を流すのを完全に父に任せていたため、父が犠牲になってしまったのだ。

それにおそらくは秘宝の場所を知っているとして追及された。 危険については端から信じる気もなかったのだ。


「お父さんは何も答えず私たちを守ってくれたのね。 ・・・ならもう最終手段に出るしかない」

「・・・最終手段って?」

「新士。 来なさい」


白城は新士を研究所まで連れてきた。


「ここはお母さんがお仕事で使っている場所・・・」


時にアルバイトを雇う程度で基本的には一人で使っている施設である。 何の研究をしているのかは知らないが、ここへ来ると何故か背筋が震えたのを憶えている。


「そうよ。 あまり連れてきていないのによく憶えていたわね」


白城は新士の記憶を作り変えることにしたのだ。


「新士。 貴方は何も知らない普通の子」

「うん・・・?」

「300年前の記憶なんて持たなかった。 いい?」

「・・・」


白城は研究中だった記憶改ざん装置の準備を進めた。 起動するそれらの機械を見ているとやはりとてつもない孤独感が押し寄せてくるのだ。


「新士。 私は貴方のことを愛しているわ」

「え、待ってよ、お母さん・・・ッ!」


白城はそう言って新士にヘルメット型の装置を被せた。 過去の記憶も“新士”という名前も全てをなくし、軽く整形もさせられた。

白城は実の息子と縁を切り孤児院の前に置き去りにすることで、彼を守ろうとしたのだ。



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