メモリーリセット⑤
初江は運転に集中しながらゆっくりと語り始める。 後方を確認してみるが赤いスポーツカーは影も形も見えない。 いつの間にか追っ手は完全に撒くことができたようだ。
「それは人の歴史に残された謎を解明するための手がかり」
「・・・?」
「あの女は何故かそれを阻止しようとしているんだけど、人類の成長というとてつもない功績の種を貴方は内に秘めているのよ」
よく分からないが自分の記憶に凄いことが残されていたということが分かった。 話があまりにも突拍子もないが、実際先程のカーチェイスを見て冗談でやっているとはとても思えなかった。
それに確かに自分の記憶はまるで消されたかのように存在しないのだ。
―――もしその話が本当なら記憶を取り戻してみたい。
何故記憶を消されたのかは不明だ。 だがそれ以上に人類の成長なんて言われ、心が舞い上がってしまっている。 家族のことも孤児院以外のことを全てを憶えていない自分。
そんな自分にとてつもないことが隠されていると知れば、ワクワクするのも仕方がないこと。
―――僕ってそんなに凄い存在だったんだな・・・。
同時に母の気持ちは自分よりも記憶の方へ向いていることが分かり寂しさも感じていた。 だが自分でもワクワクするのだから仕方がないのかもしれないとも思う。
例えそのついでだとしても、自分を本当の家族として迎えてくれるのなら有難いことだ。
―――お母さんは何かの研究のために僕の記憶を突き止めようとしてくれているのかな?
その後は仮面の女の尾行に警戒しつつ研究所へと到着した。 かなり厳重に警戒している。 ただ赤いスポーツカーは乗ってきた車以外に見当たらない。
人里離れた場所とはいえ自然物の多い場所にあれだけ目立つものがあれば目立っても仕方がない。 ということは、近辺にはないということだ。
「あの女は追い付いてはいないわね・・・?」
背後を何度も確認しながら研究所の中へ。 初江が警戒しているため、直正もつられるように警戒してしまう。
「ただ私たちがここへ来るということは向こうも想定しているだろうから、早く済ませてしまわないとね。 えっと・・・」
―――・・・今から僕の記憶を取り戻すんだよね?
―――人の記憶ってそんな簡単にいじったりできちゃうものなのかな?
何をされるのか分からず少し怖くなった。 初江は研究所内を見渡し、目的の物を見つけたらしい。
「あった!」
初江は大きなヘルメットを手に取り手招きして直正を呼んだ。
「直正くんはここに座って。 んー、使い方は分からないけど適当でいいよね? もう時間もないし!」
―――適当って・・・。
その言い草にはますます不安が募っていく。 焦っているのかあまり確認もせずヘルメットを直正に装着した。
「このヘルメットは?」
「貴方の記憶を戻すことができる装置よ。 大丈夫、安全だから。 ほら、直正くんはそれを被ってジッとしていて」
初江は慣れない手付きで装置を操作している。 随分と自信のある言葉だったが、先程の『適当でいいよね』という言葉が妙に頭の片隅に引っかかった。
―――大丈夫かな・・・。
とはいえ、装置はもう動き始めているようだ。 今何かして変なことになるのは避けたい。 ヘルメットを大人しく被ってジッと待っていた。
しばらくするとヘルメットの中が熱くなってきて、頭の中がぼんやりとしてくる。
―――これからどうなるんだろう?
―――ここからは新しい体験だ。
直正はゆっくりと目を瞑った。
「・・・直正くん? 聞こえる?」
「・・・」
「記憶の中へ入っていったかな」
初江は無事開始されたことに安堵し直正の隣に腰を下ろした。
「ちゃんと思い出して戻ってくるんだよ。 直正くんの記憶が鍵を握るからね」
直正は眠っていて知らないことだが、初江に背中をさすられ数分経った時、研究所の扉が開いた。
「ッ、誰だ!」
と言ってみたものの、相手にあたりはついている。 仮面の女である。
「・・・何だ、アンタか。 残念だったね。 もう記憶を元に戻す作業は始めちゃったよ?」
そう言って隣にいる直正のヘルメットを撫でるよう触った。
「今すぐに装置を止めろ」
「嫌だね」
「さもないとこの研究所の電源を全て落とす。 そうしたら彼の記憶に支障をきたすかもしれない」
そう脅されるも初江は楽しそうに笑うばかりで、言うことを聞く気はなかった。
「そんなことをして本当にいいと思っているの? まぁ、最悪私は構わないわ。 でも貴女にとってはよくないことになるんじゃないかしら?」
「・・・チッ」
「それにもう作業は終わるから、遅過ぎたんじゃない? 正義は遅れて現れるって言うけど、流石に遅過ぎる貴方は正義の味方にはなれないわよね」
そう言っているうちに装置はすっかり止まり、直正のヘルメットをゆっくりと外した。
「直正くん! 大丈夫? 気分はどう?」
初江は心配そうに顔を覗き込んでくる。 自分では分からないが直正は青白い顔をしていた。
「・・・新士(シンジ)」
目の前にいる仮面女は仮面を外し直正を見てそう呟いた。
「ッ・・・!」
目が合ってぼんやりとしていた意識は覚醒した。 記憶が戻ることにより、相手が誰であるのか分かってしまったのだ。
「・・・お母さん?」
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