メモリーリセット④
鳴り止まないクラクションに直正は耳を塞ぎたくなった。 警察のカーチェイスですらこれ程五月蠅くはない。
「そこ! 止まりなさい!!」
赤い車は追ってきている。 だがあちらの車の方が性能は高いだろうに追い付かれることはなかった。 それは運転技術の差なのかもしれないし、他に何か要因があるのかもしれない。
ただその理由を推測することはできなかった。
「こんなに大きな音を出して大丈夫なのかな・・・」
直正はテレビでこんなシーンを見たことがある。 だがまさか実際に体験することになるとは思ってもみなかった。 騒動を聞き警察が駆け付けてくるかもしれない。
明らかに法定速度を超えたスピードを出しているのだ。
「直正くんは孤児院からあまり出たことがないの?」
「あまり・・・」
「直正くんのいた孤児院は街から離れた場所にあるんだよ」
「そうなんですね・・・」
通りで車通りが少ないわけだ。 なら多少大きな音を出してもすぐに警察が駆け付けてくることもないだろう。
「とりあえずあの車を撒かないと!」
このままだと埒が明かないと思ったのか、細い道や急カーブをたくさん曲がり始めた。
「直正くん大丈夫? 酔ってない!?」
「はい・・・」
状況が状況なだけに運転が荒いのは仕方がない。 ドラマや映画で車が逃亡するシーン、どちらの車にとってもあまりいい未来が待っているとは思えない。
―――もしあの人が僕の記憶を消した人だとしたら、どうしてそんなことをしたのか話を聞いてみたい。
―――事故とか起きないといいけど、ここまでして撒かないといけないって、どんな人なの・・・?
「このままあの女の研究所へ向かうよ!」
「研究所?」
「あの女は直正くんの記憶を作り変えた張本人!!」
「やっぱり・・・」
記憶を作り変えた張本人と分かるとあの女性の正体が余計気になった。
「その人の研究所へ行けばきっと記憶を戻せるはずだから!」
「その研究所の場所をお母さんは分かるんですか?」
「もちろん!」
「どうして分かるんですか?」
「何もない状態で直正くんの前に現れるわけがないでしょ?」
細かな操作もミスすることなく颯爽と車を飛ばす初江はとても頼もしく見えた。 しかし直正は同時に疑問も感じていた。
―――どうして僕の記憶は消されたんだろう?
―――僕の中にある事実として孤児院に捨てられていたというものがある。
―――もしその時にそれまでの記憶が残っていれば、深い悲しみや強い恨みを抱いたのかもしれない。
―――だけどそれがなかった。
―――記憶が消されていたからこそ、まっさらな気持ちで孤児としての人生を歩むことができたんだ。
孤児院にいた子たちのことを思い出す。
―――孤児院では色んな子たちと知り合った。
―――まともに喋れない子や人間を恐怖する子などたくさんいた。
恨みを抱えていたり絶望していたり、先生たちが苦労しているのも見てきた。 直正のように記憶を失っていることを羨ましく思うような子もいた。
―――僕は恵まれていたのかもしれない。
―――・・・記憶が消されていたというのは、僕のためにしたことなんじゃないかな?
そう考えると目の前の養子先となる初江の直正の記憶を取り戻させようという強い気持ちがおかしくなってしまう。 それはあくまで直正の推測で全然関係ないのかもしれない。
ただ子供を捨てる時に記憶が邪魔だからと消しただけなのかもしれない。
―――分からない。
―――以前の僕に何があったんだろう・・・。
―――お母さんはどうして僕の記憶を取り戻させたいの?
―――僕の存在よりも、記憶の方が大事だったりする?
―――お母さんからこの話を聞かされなければ、僕はまっさらな気持ちでお母さんと一緒に新しい人生を歩めたのに・・・。
不安は少しずつ大きくなった。 だが好奇心が強まっていくのも事実だ。
「あの・・・」
「うん?」
「僕は記憶を取り戻したら、何を思い出すことになるんですか?」
恐る恐る初江に尋ねてみた。
「・・・」
初江は口を閉ざしミラー越しにジッと直正を見つめている。
「さっきの女性はどうして僕の記憶を消したんですか?」
初江は少し考えた後意を決したように言った。
「貴方には前世の記憶があったのよ」
「前世の記憶・・・?」
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