メモリーリセット③
直正は初江が何を言っているのかよく分からなかった。 憶えていないとはいったが、普通なら単純に思い出せないと捉えるだろう。
にもかかわらず、この言い方では記憶そのものがないということを知っていないと出ない言葉である。 真剣な横顔からも読み取れるが、冗談で言っているわけではなさそうだった。
「僕の記憶喪失は偶然じゃなかった・・・?」
―――記憶を消すことなんてできるの?
―――できるなんて話は聞いたことがない。
困惑していると初江は頷いた。
「そう。 直正くんがご両親のことを思い出せないのはそのせい」
「・・・」
何も返せなかった。 これから親になるだろう彼女に実の両親のことを言われるのも違和感がある。
―――突然そんなことを言われても、僕はどうしたら・・・。
―――それにどうしてお母さんはそのことを知っているの?
―――僕とお母さんが出会ったのも偶然ではなかった・・・?
尋ねてみたくても言葉が出なかった。 それを知って自分を引き取ろうと思った理由が掴めなかった。 この二ヶ月、彼女はそのようなことを一言も言わなかったのだから。
「ご両親がそうしたのか、別の誰かがそうしたのかは分からないけどね」
「・・・そうなんですか」
「きっと直正くんという名前も仮の名前よ」
「・・・僕は直正です」
「それは孤児院で付けられた名前。 本当の名前を思い出せないだけ」
「・・・」
孤児院で名付けられたという記憶も曖昧だ。 もしかしたら本当の名前かもしれないと思ったこともある。 運転席の彼女が何者か分からないが、どこまで信じていいのかも分からない。
―――孤児院の先生たちに『僕の本当の名前は?』って聞いたら困ったのかな。
―――困ったら孤児院の先生たちが付けてくれたということになるもんね。
そうなると自分の存在に自信が持てなくなった。 名前も生まれも失った自分、もしかしたら孤児院での記憶すら紛い物なのではないかと思えてしまう。
―――いや、でも・・・。
それを感じ取ったのか安心させるように初江は言った。
「大丈夫。 直正くんはちゃんとここに存在する。 直正くんは直正くんだよ」
「・・・」
「ねぇ、直正くんも自分の真実を知りたくない? 是非私にも協力させてほしいな」
前姿勢な初江に恐る恐る尋ねた。
「・・・僕を引き取ってくれた理由はその真実を見つけるためですか?」
「それは・・・」
直球に尋ねると初江は言いよどんだ。 ということは、やはりそれが答えなのだ。
―――・・・やっぱり僕がこのお母さんに選ばれたのは偶然じゃなかった。
―――奇跡でもなかったんだ。
―――でも確かに僕の記憶の真実を知りたいという気持ちはある。
―――・・・本当の両親が、誰なのかも。
しかしいい記憶なら失う必要などないだろうとも思った。 どんな真実があるのか分からないが、思い出さない方がいいこともあるのかもしれない。
―――それでも、僕は知りたい。
初江はそれ以降何も言葉を返してこない。 だから仕方なく先程の初江の言葉に頷いた。
「記憶を取り戻すためには何をしたらいいですか?」
「・・・え? いいの? 一緒に真実を突き止めてくれるの!?」
「・・・はい。 僕も真実を知りたいです」
―――きっとすぐに否定してくれなかったから、僕を引き取った理由は当たっていたんだろう。
―――でもそれは今はいいや。
その直正の言葉に初江が安堵した瞬間だった。
「そこを動くな!」
大きなクラクションとと共に拡声したような声が響く。 後ろを見ると真っ赤なスポーツカーに乗った人が現れた。 今乗っている車とよく似ているが、あちらは明らかに真新しく高級感もある。
直正は車にそれ程詳しくはないが、レースをすれば負けるだろうことは目に見えているくらいの性能差がありそうだ。
「え、もう!? 流石に来るの早くない!?」
初江は慌てて車を発車する。
―――来るのが早い?
―――お母さんの知っている人・・・?
後ろの車の運転手を確認しようとすると初江が言った。
「直正くん、しっかり掴まってて! ちょっと飛ばすよ!!」
「あの人は誰・・・?」
「私の敵!」
「敵?」
「直正くんの記憶を取り戻させないよう、私を追ってきていたのよ!!」
「え・・・」
自分の記憶に大人二人が争う何かがある。 やはり思い出すことはできないが、そんな幼少期の記憶に何があるのか気になってしまう。 ただ彼女たちの剣幕を見ていると恐怖も感じる。
思い出せば日常に戻れなくなるのではないかという漠然とした恐怖が。
「直正くんを渡してたまるかッ!!」
初江はスピードを上げる。 直正はしがみ付きながら後ろを見た。 相手は仮面を被った女性のようだった。
―――どうして仮面?
―――もしかしたら、あの人が僕の記憶をリセットした本人なのかもしれない・・・。
―――だけど一体どうしてリセットを?
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